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歴史

2017年5月 3日 (水)

憲法と西洋文明

                   

    東洋人と西洋人とは全然異種である。
    何故かと言いますと、太陽から受ける気の流れが違う、東洋人は気の流れが、左手から臍下丹田に腹の中央に行くのだ。
    しかし、西洋人は心臓に行く、彼らは狩猟民族、我々は農耕民族だ。
    生命体(チャクラヨ-ガ)西洋人は心臓にある、だから彼らはハ-トを大切にする。
    我々の生命体は臍下丹田にある、この差に問題がある、全ての真相は真ん中、臍下丹田にある。
    しかし、彼らは心臓は偏ってあるのだ、彼らと我々は、勿論物の考え方も別種である。
    お釈迦様は、中道(正しい道)、しかし、彼等には何の事か、理解できない、彼らには、未だに思想は完成できていないのだ。
    彼らはほっておくと、何をするか分からない、彼らは動物的思想の持ち主である。
    狼を全て殺したり、バッロウを遊びで、全滅させて、それが失敗と言うことを知り、再生するのだ。
    日本人は明治以前西洋文明が入ってくる以前は狼は神であった。彼らは密猟も平気であり、人質事件が年間約五百万件もある。
    彼らの思想は、常に勝てば官軍であり、罪の意識はない、それはハ-ト社会であり、中道求めることはないのだ。
   
    続く

2016年4月19日 (火)

    世界に影響を与えた人

    良い人 
    お釈迦様
    仏陀は仏教を布教し、世界を改革した人である、その教えは中道を真の道として正道を教えた。

    悪い人
    キリスト、一神教を信じ、世界に戦争の手助けをして、細菌をまき散らした。

    日本国に影響与えた人
    徳川家康と天海僧正
    日本を統一して、戦争をなくし、平和にして、人民繁栄させ、幸福にした江戸時代良い時代はなかった。

   

    悪い人
    徳川家光
    日本を鎖国して、世界の飛躍を阻害した、日本の国民のやる気を失わせなわせ、武士は失業し、疲弊した。
    日本人は世界で貢献した、ベトナムには日本人の作った橋が残っているのだ。人的交流も行われ、世界に飛躍する下地があったのだ。

    西郷隆盛
    日本では偉大なる人物である、若し彼が、長命であったら、今の日本は間違いなく良い国になった、韓国も日本と最も仲のよい国になった。
    彼の慈愛の満ちた、心が韓国人を魅了したと思う。

    浅倉具視
    西洋文化に憧れ、日本人の良さを認識せずに、西郷公を権謀術数で殺した
    最悪の人間である。

    吉田総理と山本玄峰老子
    本玄峰老子は終戦の勅語で『耐がたきを、耐え、忍びがたき、忍び』の名文で国民を叱咤激励し、立ち上げたのである。

    岸信介
    アメリカと安保条約で、日本をアメリカに売った売国奴である。

    石橋総理
    すごい人物である、世界に飛躍して、米ソの冷戦を止めさせたのである。

    田中角栄
    後退期の経済理論も知らず、ケインズの馬鹿経済を信奉し経済をメタメタにし、貧富の格差を拡大し、国民を苦しめたのである

   
   
   

    佐藤総理・中曽根総理
    マァマァの仕事ができました。

    阿部総理
    物の分からん役立たずだ。

   
   
   

2013年2月18日 (月)

隕石

                                      隕石
警告
ロシャに落ちた隕石は人口過多にたいする警告で、宇宙の神(ブラフマン)は先ず恐竜を造ったしかし、歯止めが無く、恐竜は増えだしたので、彼等は体が大きくて、数も多量になり、地球はその重さに耐えられなくなり、隕石で一挙に恐竜は死滅した、恐竜には、自己の仏(ア-トマン)がなかったので、制御できなかった、宇宙の神(ブラフマン)の失敗作である。

哺乳類が生まれた、彼等は宇宙の神(ブラフマン)の指示にしたがい、人口調節の機能を持っていた、ネズミや鯨は耳が悪くなり、浜に上がり、死んだ、その他の動物も同じである。
人口調節のために子殺しは行われているのだ、シャチは子供をボ-ルように投げ、遊んでる内のだ。
ライオンの子殺しは有名である。

人間だけ、自然を破壊して無限に伸び、宇宙の神(ブラフマン)は、昔は間引きをして赤ん坊は死に人口調節してきた、しかしキリスト教がで出来て、途中に神が入り、宇宙の神(ブラフマン)と自己の仏(ア-トマン)との対話が、破壊されたのである。
キリスト教徒が潜在意識のなかで納得できないで、教会で銃の乱射が起こるのである、これは警告である。
宇宙の神(ブラフマン)は淋病やばい毒で、生産制限をしょうとしたが、駄目で、戦争や災害によって、人類を破壊をしょうとしたのである。
人口の少ない、フインランド、デンマ-クには災害が少ない、そして人類は他の動物まで、影響しているので、やがて人類は自己の仏(ア-トマン)との対話が行われない限り、滅亡するだけだ、これを救うのは、宇宙の神(ブラフマン)と対話が出来るのは、既成仏教か、禅によって一切の悪習慣を治す以外はないのだ。
ミヤンマ-の人や、タイの人は密教の修行をしているのだ。

2012年11月20日 (火)

本能寺の変

本能寺の変、魂の解釈 (亀井襄治) 2012-11-10 07:37:06 本能寺の変
織田信長は何故この様な無防備の多数の供も連れずに、本能寺に行ったのであるこ、この慎重な男が誠に不思議である。
この問題は左脳(知識)で見ても理解できないのだ。彼は大きい罪を犯している、比叡山を焼き討ちし、快川和尚とその弟子を焼き殺している、この事は彼の潜在意識のなかに、強く記憶されて、信長の様な正義感の強い人間には、潜在意識の働きで、常に良心の呵責で、常に苦しんでいる。
彼は『人生五十年、下天の如く』と言っている、四十九才でやっと重荷を下ろせると、死ぬ覚悟で本能寺に行った、魂の働きは、予知力があるから、間違いなく彼は、死ぬことを予知していたのである。

『今の人間は魂も右脳もないから、テレパシ-と言うものは理解出来ないのだ、虫や動物は危険な所には、近づかないのだ。津波のときに分かってた、津波を予知して、水の来ないところに卵を産んでいた。』

潜在意識の働きは誠に、恐ろしい、その最後もやはり快川和尚と同じく、焼き殺されたのである、これは決して偶然ではない、因果の理法にしたがった、必然である。

自分を処罰する女の人のリストカッタ-その典型である。

彼は余談であるが、勇ましく戦ったのではない、明智光秀の家来が討ち入り、侍女を捕まえると恐れた侍女は、「上様はあちらと」言い、指さすと信長が風呂に入った様な、姿で歩いているときに、明智の家来に殺された、自殺の心のある彼が戦う道理がないのだ。

明智光秀
彼は不慮(思いつき)と言っているが、これは間違いがない、彼も信長に憎しみを持っていたのではない、彼は天の懲罰で、信長に死を与えた。
彼も比叡山焼き討ちは嫌々である、秀吉のように臨機応変に動ける人間でない、多数の僧侶を殺した、この様な非情な主君の命による、行為と後悔が常にあり、突然、彼の常々不快に思っていたことが潜在意識のなか入り、思考の一部に焼きついたのである。
突然正義感が、起こり主君を殺した。彼のイメ-ジも焼き討ちである。業は悪ではない、彼の心の正義を守るためである。
人間は死に際には正義を行うと、気分が良いのである、死を迎えても、『戦争裁判の時の南大佐は原爆に反対して、死なんか怖くない、いまは誠に気分が良いと』言っていた、結局は正義の道を進んでいたからである。
又、罪の意識のある光秀は、戦意がなかった、正義を通した、死ぬ前は気分が良かったのである。
彼は自分自身を処罰した。昔の人は現代人と違って、正義の為には自分も放棄したのである。
NHKの歴史観参照

魂の考察 (亀井襄治) 2012-11-10 08:02:00 御笑覧ください、合掌
いろいろ疑問を感じます (明智憲三郎) 2012-11-10 10:07:34  まずは拙著『本能寺の変 四二七年目の真実』をお読みいただいてからお考えを述べていただきたかったのですが、御説にはいろいろ疑問があります。
1.信長が無防備で本能寺にいたのは不思議。
 これが不思議でも何でもないことが拙著に書かれています。信長は間抜けでも自殺願望者でもありません。戦国の世に必死に生き残ろうと最善を尽くしていました。
2.信長は本能寺で勇敢に戦ったのではない。
 太田牛一『信長公記』にもフロイス『日本史』にも信長の奮戦が書かれています。
3.光秀の謀反は思い付き
 思い付きでないことが拙著に書かれています。失敗すれば一族郎党を死に至らしめてしまう謀反を思い付きでやるような戦国武将がいたのでしょうか?現代でも責任ある人物はそのようなことはしないでしょう。
4.信長・光秀の性格・感情
 彼らの性格や感情をよくご理解しているように書いていますが、他人の性格や感情、しかも戦国時代という現代とは全く異なる環境に生きた人物の性格や感情をどうやって知ることができたのでしょうか?


本能寺の変 (亀井襄治) 2012-11-19 05:28:03 貴君は左脳の働きだけで、物事を思考しています、貴君が思考したことは一つもありません、常識だけで物事を思考し、過去の遺物の物事を真似しているだけに過ぎません。
貴方は魂や潜在意識の働きを無視しています。
人間は物事を知識だけで思考しているのではありません、だから間違いを起こすのです、人間の間違いの重要な要素は傲慢です。
織田信長の傲慢は間違いを起こしたのです、光秀は魂(良心が)彼の人生でかくべからずの物です。
武将だからこうしたということは仮定にしか過ぎません、また、講談の記述を信じているだけです、外人も直接見たわけではない、人の噂だけです。禅の中には幕妄想と言う言葉があります、しばしば、思い上がった人間が、妄想に生きるようになるのです。合掌

本能寺の変(2) (亀井襄治) 2012-11-19 06:41:33 本能寺の間違い(2)
人間は完全ではない、間違いを平気で犯す、日本の国民が可愛かったら、絶対に負けるアメリカと戦争なんかしません、天草一揆も起こりません。
今の政治かを見なさい、間違いだらけです。
人間は神ではありません、昔の人は賢明であった、坊主を殺せば、7代祟るのは、本当である、明智光秀の頭の中は常に正義の炎が燃えていたのです。
彼は常に正しい道を求め彷徨っていたのです、動物は必ず、魂から正しい道を求め歩きます。其れは人間も同じです。
人間も信長の魂は、自己懲罰がありませんと、人間は生きられない限界に来ていました。だからリスト-カッタと言う行為や想像も出来ない行為が起こるのです。禅の警策も同じです。
明智光秀の頭の中は正義に戻す、其れが全ての行為の上にあった、自己懲罰を欲していたのだ、彼のように良心的な人間には、天下を取り、本当の極楽浄土を目指したのです。
しかし彼の頭には具体的なものは何もないのだ、其れも本能にしか過ぎないのだ、他人頼みで確信ある作戦はありませんでした。
思いつきではない、仏によって、動かされたのです。仏を信じない人には私の言っていることは理解出来ないのです。彼らの魂と霊は、死後の正義を求めたのです。合掌

追加上記の文は
明智氏に対する反論ですが、どちらが正しいか判断してください、私は魂と右脳で書きました、彼は左脳で書きました。左脳の文は、自己の判断は一切ありません。
他人の書いた、文を真似しただけです、それから、人間は間違い起こさないという、前提条件付きです。
人間は後悔することは山のようにあります、信長は以前にやったことの後悔があるのです、彼は天下を制したときに、終わったと思ったのです。
『人生五十年下天の如く』と繰りし歌っていますと、潜在意識に入り込み、顕在意識と違った行動するのです。
将棋の名人が言っていました、絶対に指してはいけない、手を指が勝手に指してしまいましたと、この様な事は人生で山ほど起こるのです。
信長の死体の見つからなかったのは、その様な浴衣を着た人間とは明智軍も気が付かなかったのです。これも天命です。信長の死体が見つかりませんでしたから、怖がって味方する人がなかったのです。この事は主君を殺した天罰です。
人間は仏を持っていますので、常に自分を罰するのです、『白隠禅師の自己本来仏なり』座禅和讃の中より。
明智光秀は思いつきですと、はっきり言って、推察できます、私の様な密教修行者は、禅の修行者のテレパシ-如何に強いものであるか、理解できます。

2012年11月10日 (土)

NHKの歴史観より

    本能寺の変
    織田信長は何故この様な無防備の多数の供も連れずに、本能寺に行ったのであるこ、この慎重な男が誠に不思議である。
    この問題は左脳(知識)で見ても理解できないのだ。彼は大きい罪を犯している、比叡山を焼き討ちし、快川和尚とその弟子を焼き殺している、この事は彼の潜在意識のなかに、強く記憶されて、信長の様な正義感の強い人間には、潜在意識の働きで、常に良心の呵責で、常に苦しんでいる。
    彼は『人生五十年、下天の如く』と言っている、四十九才でやっと重荷を下ろせると、死ぬ覚悟で本能寺に行った、魂の働きは、予知力があるから、間違いなく彼は、死ぬことを予知していたのである。
   
    『今の人間は魂も右脳もないから、テレパシ-と言うものは理解出来ないのだ、虫や動物は危険な所には、近づかないのだ。津波のときに分かってた、津波を予知して、水の来ないところに卵を産んでいた。』
   
    潜在意識の働きは誠に、恐ろしい、その最後もやはり快川和尚と同じく、焼き殺されたのである、これは決して偶然ではない、因果の理法にしたがった、必然である。
   
    自分を処罰する女の人のリストカッタ-その典型である。
   
    彼は余談であるが、勇ましく戦ったのではない、明智光秀の家来が討ち入り、侍女を捕まえると恐れた侍女は、「上様はあちらと」言い、指さすと信長が風呂に入った様な、姿で歩いているときに、明智の家来に殺された、自殺の心のある彼が戦う道理がないのだ。
   
    明智光秀
    彼は不慮(思いつき)と言っているが、これは間違いがない、彼も信長に憎しみを持っていたのではない、彼は天の懲罰で、信長に死を与えた。
    彼も比叡山焼き討ちは嫌々である、秀吉のように臨機応変に動ける人間でない、多数の僧侶を殺した、この様な非情な主君の命による、行為と後悔が常にあり、突然、彼の常々不快に思っていたことが潜在意識のなか入り、思考の一部に焼きついたのである。
    突然正義感が、起こり主君を殺した。彼のイメ-ジも焼き討ちである。業は悪ではない、彼の心の正義を守るためである。
    人間は死に際には正義を行うと、気分が良いのである、死を迎えても、『戦争裁判の時の南大佐は原爆に反対して、死なんか怖くない、いまは誠に気分が良いと』言っていた、結局は正義の道を進んでいたからである。
    又、罪の意識のある光秀は、戦意がなかった、正義を通した、死ぬ前は気分が良かったのである。
    彼は自分自身を処罰した。昔の人は現代人と違って、正義の為には自分も放棄したのである。