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旅行

2012年11月 9日 (金)

バリ島旅行 全て

    旅から旅え。
    定年になってやったことは、先ずクル-ズから始めた、人間はやりたいと思ったと出来るという事は間違いのない事実です。
    先ず某氏の招待で、パ-の会という物が、この会は如何に船を安くのるかということが、自慢の会です、もう一方の会は、如何に高級船に乗ったかが、自慢の組で全くタイプが違っていたのです。
    何故こんなに安く乗れるのは、不思議でした。一週間で一万五千円の安いのもありました。
   
    遊び
    毎晩ダンスをしていた、私は若いときにダンスをしていましたので、モテモテでした。しかし夜中の二時までジルバを踊って、肩を痛めた、その後五年も苦しむことになりました。
    しかし日本丸が廃船になりますので、その部品を記念分けられることにりました、その船首の飾りが皆が欲しがりました。
    その為に輪投げの対抗戦があった、私が投げた出しますと、鮮やかに四つまで入った、五つ入ると優勝でした。
    興奮した観客が騒然となり、しきりに応援して頂きました。私も次第に興奮して緊張して投げたらだめでした。
    その他映画や、落語があり、誠に楽しい船の旅でした。正規に乗っている人には誠に気の毒である、本当に食事の美味かったこと、船も一万トンクラスでした。一日に確か四食出たのでありますがが、そのように沢山食べられる物でもない、高知まで行ったが見物したのは、桂が浜だけです。
    食事をして雑談ばかりしていた、大変に話術の巧い人が居ったので楽しかった、彼の話あるホテルに泊まりますと、チエッインするときに記入するものがありますが、その中にセックス性別の欄がありますが、これは誠に結構と二重丸を付けておきましたが、連絡がなかったので寝てしまいました。
    又、旅慣れた連中は、スッパダカで毛布に包まって寝ますが、夜中に小便起きて、ドァを間違えて押して出で見ますと、廊下であったそうだ、あわてて入ろうとしますと、ドァがロックされて入れない、スッポンポンで、チンチンを抑えてフロントに行ったそうだ、フロントでは又かという顔をして、含み笑いをしていたそうです。
   
    私の親父もやっそうだ、余り小便がしたいですので、植木鉢にしたそうだ、うちの親父は英語は達者でしたが、誠に恥ずかしかったそうです。
   
    その後、その後金比羅にも行きましたが、これは少々高くて四万六千円でしたが、今から二十三年前で、旧日本丸が廃船になる前です。
   
    船に乗りますと
    船の中で一週間もいますと、友達が出来る、それが誠に楽しいことである、しかし、全くひどい目に遭ったこともありました。
    忘れもしないオ-シャン・パ-ルという船に乗ったときのことです、これは西表島から沖縄を通ってそこから飛行機で香港まで行き、後は解散です。
    この船はフエリ-を改装した船で、底が浅く、車が乗っていないと下が軽いのだ、だから波で沈んだ船がファと浮くのです。
    それが瀬戸内海を出ますと、台風です、猛烈な風で、台風は船の前後に居り、台風にはさまれた形です。
    猛烈な揺れで、パ-の会の連中も、さすが私も酔った経験はありませんが、この船はたちが悪く、軽いので上に上がったり、下に下がったり、スクリュ-は空回りします。
    この台風には参った、ネクタイを結んでいると変になりました。船長の招待で、ご馳走が出るそうです。
    食堂に行きましたが、子蛙の手を見たトタンに、奇怪しくなりました。食欲も減退して、部屋に帰りました。
   
    子供たちも
    船長の話の最中、船長が皆に気分は如何ですかと聞きますと、子供が一斉に「気分が悪い」と言ったのは誠に子供は正直です。
    通訳を担当していた先生も、あわてて、どっかに行ってしまった、多分便所入り反吐を上げたと思ういます。
    さすがに歴戦錬磨のパ-の連中も次から次に消えて行った、私も料理の子蛙の足見たトタンに奇怪しくなっしまった。
    そして部屋に帰った、寝てしまった、夜中にデンキスタンドは棚から落ちる、落ちた電気スタンド同質の人が上げる又上げる、ほっとけばよいのにと思う全くメタメタになりました。
    スクリュウ-は波に押し上げられて、空回りの音がします。
    さすがは歴戦錬磨のパ-の連中である、朝にはちゃんと食堂に来ていた、乗客の大半の連中が、部屋で寝ている状態です。
    五百名程度が、乗っていましたが、食堂に来たのは、約一割でした。
    そして船員がにぎり飯を船室にほりこんでいました。
    フリッピンの船員もフラフラで、耳の後ろに酔わないツボがあるそうだか、ここに打つと肝臓に悪いそうですが、船員の船に弱い連中はうっていました。船員が運ぶ食事を待っている間も、頭を下げて寝ている状態です、多分よる寝ていなかったと思います。
   
    廊下も歩けません。
    全くフラフラで廊下も歩くやっとである、ソファで寝ている人がいますので、「元気ですね」声をかけると動きますと、上げそうでヤバいですので、じっとしいるそうです。
    台風が前後に付いている気での進路から行って、西表島に行くのは無理と言う船長の判断でした、沖縄のカタの海岸によった、
    一斉に女性や子供が、水中眼鏡を海水で使う物を持ってで出来ましたので、「何処に行く」と私が聞きますと、これから泳ぎに行くということである、「ここはカタだ」と説明するとガッカリして、船室に戻って行きました。
    カタから、香港までは平穏無事で、有りましたが、我々が食事の途中で、ホテルの人が追っかけてきて飲み物の請求された人が有つたが、そんなものは「知らない」と押し問答になりましたが、ある人が「ホテルの従業員が冷蔵庫を開けて飲んでいるのを見た」といったトタンに、請求を止めました。
     私等のグル-プは旅慣れていましたので、こういう問題にも対処が素早く、絶対に払いませんが、人の良い日本人は大抵は支払うそうです。
    無事に日本に着いた、誠に危険な旅でしたと、ク-ルズの仲間が言っていました。
   
    旅するは二つあります。
    一度限り。
    これは旅ではありませんと、私は思っている、景色を見るための旅です、人間的交流もないのです、ただ、見るだけです。
    この思考は人によって違うから一概にはどちらが良いとは言えてませんが、旅の楽しみは人間の交流ある人が我々と一緒に旅をして、こんな楽しい旅をしたことはないと言っていました。
    「今までは単なる見物でした」と
   
    何度も行きます。
    私は何度も行くのが好きです、そこの人と交流が出来るのだ、言葉を憶えますし、しかし余り何度も行くのも、考え物です、私はバリ島には四十回以上行きましたが、今では後悔しています。
    私はバリ人は最高と思っているたが、決してそうではないのです、彼等は窃盗に対しては厳しいですが、人をだますことは平気です。
    結局はだまされる方が悪いということです、だから間違っていると文句を言うと直ぐに返します、日本の俺々詐欺なんか刑事事件になるのが奇怪しいのです、結局はだまされる人が悪いのです。
    だまされる原因は無意識な生活をしているためです、緊張感がないのです。それで、ボケ老人が増えるのです。警察を頼りにしているからです。
    外人なんか、何度も計算しています。
   
    最高と思ったバリ人
    深く交流すると次第に彼等が、油断の出来ない人間と人の良いのが、はっきりしているのです。
    しかし彼等はビリ-ブ ミイと其れは大抵ウソですが、それが決して長続きするのではない、日本の女は、バリ人はピ-チ・ボ-イと言うのがいますが、これが全く質が悪いのです。
    日本の女の人が私にあの人(ピ-チ・ボ-イ)結婚してくれるか聞いてくれといいますので、聞くと私は日本人のガ-ル・フレンドは二十人位いる、其処から金を送ってもらって生活しているということです。
    そのことを言うと彼女は帰った、結婚した人は誠に悲惨である、日本人に貰った金で、後で二人目の彼女を造るのだ、全く彼らの口の巧い事、全く日本人バリ人と結婚して幸福になったのはいないのです。
    王族と結婚したのがいりますので、其れをテレビで盛んに放映しますので、一般の人でも同じと思ってしまうのです。
   
    窃盗に対しては
    彼等は窃盗と売春に対しては厳しいのです、私が、バリ島でクラクラ(亀々)という店をしていました。日本人対象のみやげ物店です、ルボランという旅行雑誌が、写真を撮って宣伝してくれましたので、結構売れましたが、結局は止める事になりましたが残念でした。
    その店の前の神社で、祭りをしていましたが、その時に外人のバックを、ジャワ人の二人がひったくりをして、祭りの中に逃げ込んできました。
    私が見に行ったときには、既に一人は死んでいましたが、一人は起き上がろうとしていました、私は気持ちが悪いですので、店に帰って来ましたが、店の店員が見ていた話ですが、「パトカ-が来ましたので、生きている方の人間をパトカ-に頭を引かせたそうだ、頭が砕け、目玉が飛び出たそうです。
    警察もそれに対して調べもしないのです、警察も大衆のやることは絶対に正しいという不文律があります。
    その様な事実は、バリ島のジャワ人の窃盗を防いでいるのです。普段は大変に大人しいバリ人が怒ると大変なことになリます。
   
    日本人とバリ人
    一度雑誌で見ましたが、日本でも暴走族に悩まされ、夜中に騒音で悩まされ、不眠症になる人も居たのです。
    一度綱を渡しそれに引っかかって、殺された暴走族がいましたが、警察が犯人を探していましたが、アメリカのヤンデマンは正当防衛であると書いていました、私も賛成したい、その後暴走が止みました。
    誠に適切な処理です、しかし日本では正義の人は犯罪者です。全く矛盾した話です。警察は犯罪を未然に防ぐことガ最も必要です。
    女性の売春に対しても厳しい、バリ人の売春はないといわれていますが、そうでもない今では値段が高いだけです。
    バリ人は島国ですので、日本より閉鎖的である、女性バリ人同士の結婚が理想です。子供を作るということです。
   
    賄賂とバリ人
    私の友人が、北海道から来ましたので、ロビ-で待っていると中々出て来ませんので、コソコソとイミグレ-ションのなかに入って、見ますと、机に座って向かい合って黙っています。
    私の友人は英語が喋れませんので、困っていましたので、私が中に入って理由を聞きますと、バスポ-トの日付が一日オ-バであるということです。
    友人に一万円出せといって、イミグレ-ションの役人に渡しが、気持ちよく取って、それで完了である、少々払いすぎでした。
    相手は三人でしたので、大喜びである思いました。一万円は彼らの給与の一ヶ月分です。日本ですと大変なことになる、書類を書かされたりして、しかし日本でも外交官の秘書でも知っていますと、融通が付く、全くお上の国です。日本の役人は真面目すぎ、お上は今度は融通の付けすぎです。
    金がなくて、収賄するのと、金持ちが政治献金という名で、収賄するのとどちらが罪深いかです。インドネシャの様に、下の人の収賄は互いが便利です。
   
    警察と旅行者
    キンタマニ-女の人が言い憎い、観光地があります、日本の景観と比較すると大したことはありませんが、ここら辺りが、観光地を主にしている国の宣伝の巧さです。
    此処に行くと警察が通行税を取ります、警官の小遣いのようなものです、日本円にすると百円位です。
    日本ではミカジメの様な物です。日本人は簡単に支払う、しかし、しばらく続くと止む、この様なことは駄目と上司から通達が有ったそうです。
    悪事も上司から通達があると止めますから、面白い又、両替屋が日本人をだます、当時の一万円は二十四万ルピヤです、先ず二十万ルピヤを支払い、後は四千ルピヤを支払います。
    大抵の日本人は暑いし、考えるも面倒ですので、少し変と思いますが、そのままです、外人は何度も勘定します。
    私が文句を言いに行きますと、言い訳もしないで直ぐに返す、私も呆気に取られるのです。
   
    だまし止めます。
    しかし誠に不思議で何時の間にか、だましが止んでいるのです。身の代わりも早いのだ、彼等には、損得の計算が速いのです。
    しかし売買はやはりその値段はいい加減です、私の友人が絵を買いたいと言うのでついていきますと、彼は良い絵であると言う、値段を聞くと二万円、彼等は安いと買いかけていましたので、彼を止めて、私が交渉しました。
    彼は初めは一万円とまけるという、私は高いと思って、五千と言いますと、友達はそれ以上は値切るのは気の毒ですから、それでオッケ-と言う、私は千円と思いましたが、彼も満足しましたので、値切るのをやめました。この国の値段は全くいい加減なものです。
    最近は止めましたが、昔は徹底的に値切った、その方法は交渉の途中で、値段が合わないと帰るふりをする、直ぐに帰りかけますと、待てというと言う、何度も交渉して、帰るのを止めなくなりますと、戻ってきて買いました。バリ島では其れが適正な値です。
   
    ジャワ
    ジャワは危険である、幸運にも空港で、日本人旅行者にあい、横断歩道橋には気をつけてください、階段を上がりますと、両側から二人が上がってきて、挟み打ちにして強盗しますと、幸いにして横断歩道橋を上がることはありませんでした。
    しかし、彼女がフリ-のタクシ-を呼び止めましたが、若し独特の嫌な感じがしましたので、私は正規のタクシ-を呼び止めた、タクシ-の運転者は親切にホテルに連れて言ってくれました。
    旅に出ると危険は山とあるのだ、バリ島のホテルでもそうでしたが、友達と二人で旅行したときで有ったか、その便所上の金網を破って、強盗が侵入してきた、私は眠っていましたが、目敏いですので、気が付いて、私の簡易リュックを取りましたので、私か待てと言いますと、刀を抜きましたので、仕方なく、諦めました。
    私の友人は後で聞いたことですが、誠に彼は禅が好きで、便所で禅をしていたそうだ、誠に不謹慎な男である、キ-ボックスの鍵まで、紛失して、私散々迷惑かけられました。
    禅をしている人は目敏いですが、禅も出来てない、その後旅行から帰ってから、気の毒にも自殺しました。なにか不運な人でした。
    老師の下で指導している人の悪口を言っていた、私が其れなら止めたら良いと言いますと、黙りました。誠におかしな人間でした。
    結局保険をかけておきましたので、全てが戻りました。
   
    ロンボク
    彼女を初め、その他の友達と、ロンボク島に行った時の話ですが、ここは大したものはありませんが、公園とロンボクの鶏は美味いので有名ですと、世界で一番ですと、ここでは食べる店はありません。折角食べたいと思っていたのですが、皆、バリ島に送っているらしいです。
    確かにこの鳥は美味い、よくバリ島の店で食べました。しかし料理法が気に入りません。すき焼きやから揚げが食べたいと思いました。
    ロンボクのホテルでよる寝ていますと、外でガサガサと音がしますので、窓を開くと逃げていく音が聞こえた、明くる日、フランス人が財布もパスポ-ト盗まれたそうです。
    彼女は誠に美人で素晴らしい美人であった、私は余り気の毒で、せめてお金でも貸したいと思いましたが、彼女がいますし、イイカッコして、貸せませんでした。
    今でも後悔している、決して野心があったわけでもありませんが、しかし少々は虚栄心が駄目にした、勇気のない自分が情けない、後悔一杯です。
   
    バリ島に店を
    私はバリ島にクラクラ、(亀々)私の名字が亀井ですから、その名前にした、カディとコマンという姉妹を雇った、何故店を造ったかといいますと、ここの人は職がないのです、彼女らの希望に従いました。
    店は日本人を対象にした土産店です、ルブランという旅行誌が写真で、優良店であることを、紹介してくれましたので、よく売れてました。
    私も友人を来ました。その内にコマンが、店の金を使ったので首にしたのです、妹でも盗みに対しては容赦しません。代りにニョマンが入社しました。
    友達も何日も店に来る人がいた、そして店員と遊んで帰って行った、日本ではこの様な悠長なことで来ませんが、私も友達も一日往来の人を眺めているのです。日本では忙しくこんな悠長なことはない、ここではゆっくりと時間が流れています。
   
    名前の由来
    バリ島は名前としては全く異色です、長男とワイアンとプトウです、女も同じ、次男はグスティ、三人目はニョマンで、最後はカットルです。
    ダユ-と言うくらいがある。これが最高位で、神事では、一番の上席に座る、ヒンズ-教であるが、インドの階級制度と違って、プラフマンがシュドラの下で働いています。
    金持ちが上ということです、又面白いことでワイアント呼ぶと十人くらい振り向く、人を探すときは誠に不便です、ワイアンに合いたいと言うと、沢山いるから分かリませんと、必ず下の名前も憶えて必要があります。
    バリ島は終わりです、次はタイですが、これはモット面白い、ご期待ください。
    しばらく休みます。ご笑覧頂き有り難う存じます。合掌
   
   
   
   
   

2012年11月 7日 (水)

バリ島に店を

   

    私はバリ島にクラクラ、(亀々)私の名字が亀井ですから、その名前にした、カディとコマンという姉妹を雇った、何故店を造ったかといいますと、ここの人は職がないのです、彼女らの希望に従いました。
    店は日本人を対象にした土産店です、ルブランという旅行誌が写真で、優良店であることを、紹介してくれましたので、よく売れてました。
    私も友人を来ました。その内にコマンが、店の金を使ったので首にしたのです、妹でも盗みに対しては容赦しません。代りにニョマンが入社しました。
    友達も何日も店に来る人がいた、そして店員と遊んで帰って行った、日本ではこの様な悠長なことで来ませんが、私も友達も一日往来の人を眺めているのです。日本では忙しくこんな悠長なことはない、ここではゆっくりと時間が流れています。

2012年11月 6日 (火)

ロンボク

    彼女を初め、その他の友達と、ロンボク島に行った時の話ですが、ここは大したものはありませんが、公園とロンボクの鶏は美味いので有名ですと、世界で一番ですと、ここでは食べる店はありません。折角食べたいと思っていたのですが、皆、バリ島に送っているらしいです。
    確かにこの鳥は美味い、よくバリ島の店で食べました。しかし料理法が気に入りません。すき焼きやから揚げが食べたいと思いました。
    ロンボクのホテルでよる寝ていますと、外でガサガサと音がしますので、窓を開くと逃げていく音が聞こえた、明くる日、フランス人が財布もパスポ-ト盗まれたそうです。
    彼女は誠に美人で素晴らしい美人であった、私は余り気の毒で、せめてお金でも貸したいと思いましたが、彼女がいますし、イイカッコして、貸せませんでした。
    今でも後悔している、決して野心があったわけでもありませんが、しかし少々は虚栄心が駄目にした、勇気のない自分が情けない、後悔一杯です。

2012年11月 5日 (月)

バリ島に店を

    私はバリ島にクラクラ、(亀々)私の名字が亀井ですから、その名前にした、カディとコマンという姉妹を雇った、何故店を造ったかといいますと、ここの人は食がないのです、だからその希望に従いました。
    店は日本人を対象にした土産店です、ルブランという旅行誌が写真で優良店で紹介してくれたので、よく売れてました。
    私も友人を来ました。その内にコマンが、店の金を使ったので首にしたのです、妹でも盗みに対しては容赦しません。代りにニョマンが入社しました。
    友達も何日も店にいる人がいた、そして店員と遊んでいた、日本ではこの様な悠長なことで来ませんが、私も友達も一日往来の人眺めているのです。日本では忙しくこんな悠長なことはない、ここではゆっくりと時間が流れているのです。

2012年11月 4日 (日)

ロンボク

   

    彼女を初め、その他の友達と、ロンボク島に行った時の話ですが、ここは大したものはありませんが、公園とロンボクの鶏は美味いので有名ですと、世界で一番ですと、ここでは店はありません。折角食べたいと思っていたのですが、皆、バリ島に送っているらしいです。
    確かにこの鳥は美味い、よくバリ島の店で食べました。しかし料理法が気に入りません。すき焼きやから揚げが食べたいと思いました。
    ロンボクのホテルでよる寝ていますと、外でガサガサと音がしますので、窓を開くと逃げていく音が聞こえた、明くる日、フランス人が財布もパスポ-ト盗まれたそうです。
    彼女は誠に美人で素晴らしい美人であった、私は余り気の毒で、せめてお金でも貸したいと思いましたが、彼女がいますし、イイカッコして、貸し貸せませんでした。
    今でも後悔している、決して野心があったわけでもありませんが、しかし少々は虚栄心が駄目にした、勇気のない自分が情けない、後悔一杯です。

2012年11月 3日 (土)

ジャワ

    ジャワは危険である、幸運にも空港で、日本人旅行者にあい、横断歩道橋には気をつけてください、階段を上がりますと、両側から二人が上がってきて、挟み打ちにして強盗しますと、幸いにして横断歩道橋を上がることはありませんでした。
    しかし、彼女がフリ-のタクシ-を呼び止めましたが、若し独特の嫌な感じがしましたので、私は正規のタクシ-を呼び止めた、タクシ-の運転者は親切にホテルに連れて言ってくれました。
    旅に出ると危険は山とあるのだ、バリ島のホテルでもそうでしたが、友達と二人で旅行したときで有ったか、その便所上の金網を破って、強盗が侵入してきた、私は眠っていましたが、目敏いですので、気が付いて、私の簡易リュックを取りましたので、私か待てと言いますと、刀を抜きましたので、仕方なく、諦めました。
    私の友人は後で聞いたことですが、誠に彼は禅が好きで、便所で禅をしていたそうだ、誠に不謹慎な男である、キ-ボックスの鍵まで、紛失して、私散々迷惑かけられました。
    禅をしている人は目敏いですが、禅も出来てない、その後旅行から帰ってから、気の毒にも自殺しました。なにか不運な人でした。
    老師の下で指導している人の悪口を言っていた、私が其れなら止めたら良いと言いますと、黙りました。誠におかしな人間でした。
    結局保険をかけておいたので、全てが戻った。

2012年11月 2日 (金)

ジャワ

    ジャワは危険である、幸運にも空港で、日本人旅行者にあい、横断歩道橋には気をつけてくれ、階段を上がると、両側から二人が上がってきて、挟み打ちにして強盗すると、幸いにして横断歩道橋を上がることはなかった。
    しかし、彼女がフリ-のタクシ-を呼び止めたが、若し独特の嫌な感じがしたので、私は正規のタクシ-を呼び止めた、タクシ-の運転者は親切にホテルに連れて言ってくれた。
    旅に出ると危険は山とあるのだ、バリ島のホテルでもそうであったが、友達と二人で旅行したときで有ったか、その便所上の金網を破って、強盗が侵入してきた、私は眠っていたが、目敏いので、気が付いて、私の簡易リュックを取ったので、私か待てと言うと、刀を抜いたので、仕方なく、諦めた。
    私の友人は後で聞いたことであるが、誠に彼は禅が好きで、便所で禅をしていたそうだ、誠に不謹慎な男である、キ-ボックスの鍵まで、紛失して、私散々迷惑かけられた。
    禅をしている人は目敏いが、禅も出来てない、その後旅行から帰ってから、気の毒に自殺した。なにか不運な人であった。
    老師の下で指導しているの悪口を言っていた、私が其れなら止めたら良いと言うと、黙った。誠におかしな人間でした。
    結局保険をかけておいたので、全てが戻った。

2012年11月 1日 (木)

だまし止めます

   

    しかし誠に不思議で何時の間にか、だましが止んでいるのです。身の代わりも早いのだ、彼等には、損得の計算が速いのです。
    しかし売買はやはりその値段はいい加減です、私の友人が絵を買いたいと言うのでついていきますと、彼は良い絵であると言う、値段を聞くと二万円、彼等は安いと買いかけていましたので、彼を止めて、私が交渉した。
    彼は初めは一万円とまけるという、私高いと思って、五千と言いますと、友達はそれ以上は値切るのは気の毒ですから、それでオッケ-と言う、私は千円と思いましたが、彼も満足しましたので、値切るのをやめました。この国の値段は全くいい加減なものです。
    最近は止めましたが、昔は徹底的に値切った、その方法は交渉の途中で、値段が合わないと帰るふりをする、直ぐに帰りかけると、待てというと言う、何度も交渉して、帰るのを止めなくなりますと、戻ってきて買いました。バリ島では其れが適正な値です。
   
   

2012年10月31日 (水)

だまし止めます

    。
    しかし誠に不思議で何時の間にか、だましが止んでいるのです。実の代わりも早いのだ、彼等には、損得の計算が速いのです。
    しかし売買はやはりその値段はいい加減である、私の友人が絵を買いたいと言うので付いていきますと、良い絵であると言う、値段を聞くと二万円、彼等は安いと買いかけていましたので、止めて私が交渉した、一万円私が五千と言いますと、友達は気の毒ですから、それでオッケ-と言う、私は千円と思いましたが、彼も満足しましたので、値切るのをやめました。この国の値段は全くいい加減なものです。
    最近は止めましたが、昔は徹底的に値切って、その方法は直ぐに帰りかけるのだ、そうすると一寸待てと言う、帰るのを止めなくなりますと、戻ってきて買いました。
   
   

2012年10月30日 (火)

バリの警察と旅行者

   

    キンタマニ-女の人が言い憎い、観光地があります、日本の景観と比較すると大したことはありませんが、ここら辺りが、観光地を主にしている国の宣伝の巧さです。
    此処に行くと警察が通行税を取ります、警官の小遣いのようなものです、日本円にすると百円位です。
    日本ではミカジメの様な物です。日本人は簡単に支払う、しかし、しばらく続くと止む、この様なことは駄目と上司から通達が有ったそうです。
    悪事も上司から通達があると止めますから、面白い又、両替屋が日本人をだます、当時の一万円は二十四万ルピヤです、先ず二十万ルピヤを支払い、後は四千ルピヤを支払います。
    大抵の日本人は暑いし、考えるも面倒ですので、少し変と思いますが、そのままです、外人は何度も勘定します。
    私が文句を言いに行きますと、言い訳もしないで直ぐに返す、私も呆気に取られるのです。
   

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