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教育

2016年10月30日 (日)

   

  現代の教育の盲点
  学科の選択
  間違った学問である、社会に役に立たない、学科は教えるべきではない、物理・科学・化学等である。
  社会と関連性のない、夢の国の学問で、邪魔になるだけだ。
  この問題は誠に重大だ、間違った教育をして本能と右脳を破壊する。

  注 物理・科学・化学はを必要な物と潜在意識が取り込むからである。多量に押し込まれ、馬鹿げた学問が本能と右脳を押し退ける。 

  体罰。
  体罰のない事は卑怯な教育者の偽善の行為である。禅の警策のないのと同じだ。
  最も重大なものは、教育者の魂と信念である。
  伏見高校のラグビ-の優勝も、涙ながらの体罰で優勝どころか、人格まで形成された。

  道徳の無視
  何故道徳を教えないか、分からない、これほど人生で必要なものはない、特にお釈迦様の教えの教育である。
  西郷遺訓も重大な意味をもっている、いじめなんか無くなるのだ。お釈迦様と西郷公は実に正論の人で、間違いなく生徒は公徳心と正道を歩むのだ。

  男女共学
  男女共学の弊害

  女性
  男女は同質ではない、全然、女性は別の種族である、女性には公徳心なく、左脳(読み書きソロバン)だけである。
  女性には男性が想像も出来ない犯罪を犯す、女性の公徳心は後天的なものである。
  しかし、女性の特徴は金銭感覚が優れている、家庭を守るのに向いている。
  間違いは、男女を同等と見ているから、全く目茶である。

  女性の教育
  女性の教育は読み書きソロバンと保身に関したものが必要である。
  例を上げると、公徳心・金銭的教育・出産・子供の躾け等である。

  男性
  男性は公徳心持ち、常識がある、想像力に長け、国を守り、女性を守る義務がある。

  男性の教育
  男性の教育は武士道だけで良いのだ、武士道は完全な教えの書である。

  注 淀君を見てご覧トップには向いていない、日本の格言に『男女7才にして同席せず』『雌鳥時を告げ、国滅ぶ』

  標準語の間違い
  今の標準語は、刺々しく、相手を咎める言葉が多くて、不快な言葉である。
  関西弁は優れた言葉である、特に京都弁は柔らかく咎めても相手を傷つけることはない、千年の伝統が役に立っている。
  関西の朝ドラマは面白く、関東の朝ドラマは面白くない、関西のは言葉の未熟さにある。

  身口意三業
  弘法大師は仰っている、身口意三業あらゆる悪業を作ると、言葉は最も大切なもので、京都弁は英語に治しても柔らかいニュアンスがある。京都弁を標準語していたら、戦争は起らなかった。

  教師と神童
  只の人が、神童を教えるのは筋違いで、神童が神童を教えるべきである。
  先輩は教えるため勉強せざるのを得ない、後輩は先輩を尊敬し、勉強に励む、一挙両得である。
  生徒の先生は神童であるので、絶対に間違わないのだ。

  教育のゲ-ム化
  数学等は、工夫してゲ-ムでやらす、昔、生徒が作った数学の問題が、今の数学の学者に溶けないのだ。

  禅の導入
  禅は宗教ではない、修行である。インドでは二十桁の計算をした後で、必ず瞑想する。
  生徒は瞑想が好きである、瞑想前で、実に、嬉しそうな顔をする。

  日本も勉強後禅をすることだ、天才が出るに間違いがない、インドのIT産業素晴らしく発展している、日本の会社もインドの大学生を求人に行っている、今後はその必要はないのだ。

  細部の教育
  挨拶
  挨拶は今までの頭を下げる礼は止めて、合掌にする。合掌は人を尊敬し、頭を下げる礼は、貴方に服従すると言うことである、頭を下げる挨拶は相手を警戒している挨拶だ、現代では必要のない挨拶である。

  運動場の緑化
  緑化すると、自然に親しみ気分がおおらかになる、芝生で寝ころぶ、幸福を味わうことなる。

  椅子の廃止
  よい点、立ったり、座ったりするので、足腰が強くなり、精神も安定する。

  椅子の悪い点
  歯がガタガタになり、整歯が必要だ、足腰が弱くなる、この事実は、西洋人の生活の真似をしたためである。
  日本人には向かないのだ。西郷さんの堂々たる座り方は如何に精神的に安定しているか?正座は精神的に安定する最高の座り方である。

  洋式便所
  便秘する、その結果、頻尿から前立腺肥大になり、前立腺ガンになる。

  給食の廃止
  親子関係が薄くなる。

  パソコン
  パソコンは必ず、親指シフトを使うこと、ロ-マ字シフトであると日本の文字を忘れる、また、一太郎を使うと日本文は、出来るのが簡単にます。

  就職の選択
  見習い
  三年後『読み書きソロバン』の勉強が終わると、就職の準備をする。
  政治家を除いて、親の仕事を継ぐのが一番である。その他親の仕事が農業とすると、お百姓の見習いをする、漁業も同じある。
  親の仕事を継ぐと、積み重ねが出来るからである
  親が役人・サラリ-マンであるときは、各人が選択し、各種仕事を選択し習いに行くのだ。見るだけでも良いのだ。

  丁稚の冗談
  昔は丁稚に行って、三年間ほど、小遣い程度を貰って、使いをしたりしていた、『丁稚のジョウダン』と言われていたが、丁稚は親方の仕事を見て盗んでいた、三年もなると初めての仕事しても十分にできたのである。

  社会との関連
  この教育で社会と関連性の仕事に就職し、社会に役立つ人間に成長する。
  方向性が決まっているので、精神も安定し、犯罪も起らなくなるのである。

                                                                    合掌

2016年6月 4日 (土)

エッセイ 4

  新聞
新聞は次第に発行部数が減ってきているのだ、戦後は全ての人が読んでいたが、今は三割程度である、最も報道が色々のもので媒介されているが、しかし、新聞の使命は報道だけではない、真実を評論することである。
又、政治を批判することはない、何故なら、昔の記者のように、鋭い頭を持っていないので、間違った教育で、不必要な学問を押しつけられた性で、本能と右脳失い、正しい方向・行動失った。
そのために左脳だけの働きになって、左脳の判断が正しいと錯覚して、しまったので、新聞記者は魂のない記者で、新聞に生き拭きがないのだ。
所詮、今の教育を是正しないと、この傾向はなくなることはないのだ。
間違った教育は悲しい、日本丸は、やがて、サルガッソ(船の墓場)に行くだけだ。

2016年4月18日 (月)

                    教育論 
                                                      16/4・13  p.s
現代の教育の盲点
学科の選択
間違った学問である、社会に役に立たない、学科は教えるべきではない、物理・科学・化学等である。
社会と関連性のない、夢の国の学問で、邪魔になるだけだ。
この問題は誠に重大だ、間違った教育をして本能と右脳を破壊する。
注 物理・科学・化学はを必要な物と潜在意識が取り込むからである。多量に押し込まれ、馬鹿げた学問が本能と右脳を押し退ける。 
  体罰。
体罰のない事は卑怯な教育者の偽善の行為である。禅の警策のないのと同じだ。
最も重大なものは、教育者の魂と信念である。
伏見高校のラグビ-の優勝も、涙ながらの体罰で優勝どころか、人格まで形成された。
  道徳の無視
何故道徳を教えないか、分からない、これほど人生で必要なものはない、特にお釈迦様の教えの教育である。
西郷遺訓も重大な意味をもっている、いじめなんか無くなるのだ。お釈迦様と西郷公は実に正論の人で、間違いなく生徒は公徳心と正道を歩むのだ。
男女共学
男女共学の弊害
  女性
男女は同質ではない、全然、女性は別の種族である、女性には公徳心なく、左脳だけである。
女性には男性が想像も出来ない犯罪を犯す、女性の公徳心は後天的なものである、しかし、女性の特徴は金銭感覚が優れている、家庭を守るのに向いている。
間違いは、男女を同等と見ているから、全く目茶である。
女性の教育
女性の教育は読み書きソロバンと保身に関したものが必要である。
例を上げると、公徳心・金銭的教育・出産・子供の躾け等である。
  男性
男性は公徳心持ち、常識がある、想像力に長け、国を守り、女性を守る義務がある。
  男性の教育
男性の教育は武士道だけで良いのだ、武士道は完全な教えの書である。
注 淀君を見てご覧トップには向いていない、日本の格言に『男女7才にして同席せず』『雌鳥時を告げ、国滅ぶ』
標準語の間違い
今の標準語は、刺々しく、相手を咎める言葉が多くて、不快な言葉である。
関西弁は優れた言葉である、特に京都弁は柔らかく咎めても相手を傷つけることはない、千年の伝統が役に立っている。
関西の朝ドラマは面白く、関東の朝ドラマは面白くない、関西のは言葉の未熟さにある。
身口意三業
弘法大師は仰っている、身口意三業あらゆる悪業を作ると、言葉は最も大切なもので、京都弁は英語に治しても柔らかいニュアンスがある。京都弁を標準語していたら、戦争は起らなかった。
教師と神童
只の人が、神童を教えるのは筋違いで、神童が神童教えるべきである。
先輩は教えるために教える為に勉強せざるのを得ない、後輩は先輩を尊敬し、勉強に励む、一挙両得である。
生徒の先生は神童であるので、絶対に間違わないのだ。
教育のゲ-ム化
数学等は、工夫してゲ-ムでやらす、昔、生徒が作った数学の問題が、今の数学の学者に溶けないのだ。
禅の導入
禅は宗教ではない、修行である。インドでは二十桁の計算をした後で、必ず瞑想する。
生徒は瞑想が好きである、瞑想前で、実に、嬉しそうな顔をする。
日本も勉強後禅をすることだ、天才が出るに間違いがない、インドのIT産業素晴らしく発展している、日本の会社もインドの大学生を求人に行っている、今後はその必要はないのだ。
細部の教育
  挨拶
  挨拶は今までの頭を下げる礼は止めて、合掌にする。合掌は人を尊敬し、頭を下げる礼は、貴方に服従すると言うことである、頭を下げる挨拶は相手を警戒している挨拶だ、現代では必要のない挨拶である。
 
  運動場の緑化
緑化すると、自然に親しみ気分がおおらかになる、芝生で寝ころぶ、幸福を味わうことなる。
  椅子の廃止
よい点、立ったり、座ったりするので、足腰が強くなり、精神も安定する。
  椅子の悪い点
歯がガタガタになり、整歯が必要だ、足腰が弱くなる、この事実は、西洋人の生活の真似をしたためである。
日本人には向かないのだ。西郷さんの堂々たる座り方は如何に精神的に安定しているか?正座は精神的に安定する最高の座り方である。
  洋式便所
便秘する、その結果、頻尿から前立腺肥大になり、前立腺ガンになる。
  給食の廃止
親子関係が薄くなる。
  パソコン
パソコンは必ず、親指シフトを使うこと、ロ-マ字シフトであると日本の文字を忘れる、また、一太郎を使うと日本文は、出来るのが簡単にます。
就職の選択
  見習い
三年後『読み書きソロバン』の勉強が終わると、就職の準備をする。
政治家を除いて、親の仕事を継ぐのが一番である。その他親の仕事が農業とすると、お百姓の見習いをする、漁業も同じある。
親の仕事を継ぐと、積み重ねが出来るからである
親が役人・サラリ-マンであるときは、各人が選択し、各種仕事を選択し習いに行くのだ。見るだけでも良いのだ。
  丁稚の冗談
昔は丁稚に行って、三年間ほど、小遣い程度を貰って、使いをしたりしていた、『丁稚のジョウダン』と言われていたが、丁稚は親方の仕事を見て盗んでいた、三年もなると初めての仕事しても十分にできたのである。
社会との関連
この教育で社会と関連性の仕事に就職し、社会に役立つ人間に成長する。
方向性が決まっているので、精神も安定し、犯罪も起らなくなるのである。
合掌
 

2016年4月14日 (木)

立つ格言
        格言と言うものは、大して役に立たないのだ、見るだけである、しかし、百度唱えると別である。
        小生の思考は、好きな格言何度も唱えたことにしています。
        『物言えば唇寂し秋の風』
        『慌てる乞食はもらいが少ない』
        『待てば海路の日和かな』
        自分の格言『物考えると頭寂しい冬の風』
        物は考えるべきではない、直感が最も大事である、直感は必ず正しいのだ。科学的操作なんかあたることはない
        努力系の格言は嫌いだ。何故なら、努力は無駄になる事が多いのです。
        格言を効率よく、利用すると、自分の最大の武器になります、武田信玄公の風林火山のように
                                                                        合掌

2016年4月13日 (水)

                    教育論                                                        16/4・13  p.s 現代の教育の盲点 学科の選択 間違った学問である、社会に役に立たない、学科は教えるべきではない、物理・科学・化学等である。 社会と関連性のない、夢の国の学問で、邪魔になるだけだ。 この問題は誠に重大だ、間違った教育をして本能と右脳を破壊する。 注 物理・科学・化学はを必要な物と潜在意識が取り込むからである。多量に押し込まれ、馬鹿げた学問が本能と右脳を押し退ける。    体罰。 体罰のない事は卑怯な教育者の偽善の行為である。禅の警策のないのと同じだ。 最も重大なものは、教育者の魂と信念である。 伏見高校のラグビ-の優勝も、涙ながらの体罰で優勝どころか、人格まで形成された。   道徳の無視 何故道徳を教えないか、分からない、これほど人生で必要なものはない、特にお釈迦様の教えの教育である。 西郷遺訓も重大な意味をもっている、いじめなんか無くなるのだ。お釈迦様と西郷公は実に正論の人で、間違いなく生徒は公徳心と正道を歩むのだ。 男女共学 男女共学の弊害   女性 男女は同質ではない、全然、女性は別の種族である、女性には公徳心なく、左脳だけである。 女性には男性が想像も出来ない犯罪を犯す、女性の公徳心は後天的なものである、しかし、女性の特徴は金銭感覚が優れている、家庭を守るのに向いている。 間違いは、男女を同等と見ているから、全く目茶である。 女性の教育 女性の教育は読み書きソロバンと保身に関したものが必要である。 例を上げると、公徳心・金銭的教育・出産・子供の躾け等である。   男性 男性は公徳心持ち、常識がある、想像力に長け、国を守り、女性を守る義務がある。   男性の教育 男性の教育は武士道だけで良いのだ、武士道は完全な教えの書である。 注 淀君を見てご覧トップには向いていない、日本の格言に『男女7才にして同席せず』『雌鳥時を告げ、国滅ぶ』 標準語の間違い 今の標準語は、刺々しく、相手を咎める言葉が多くて、不快な言葉である。 関西弁は優れた言葉である、特に京都弁は柔らかく咎めても相手を傷つけることはない、千年の伝統が役に立っている。 関西の朝ドラマは面白く、関東の朝ドラマは面白くない、関西のは言葉の未熟さにある。 身口意三業 弘法大師は仰っている、身口意三業あらゆる悪業を作ると、言葉は最も大切なもので、京都弁は英語に治しても柔らかいニュアンスがある。京都弁を標準語していたら、戦争は起らなかった。 教師と神童 只の人が、神童を教えるのは筋違いで、神童が神童教えるべきである。 先輩は教えるために教える為に勉強せざるのを得ない、後輩は先輩を尊敬し、勉強に励む、一挙両得である。 生徒の先生は神童であるので、絶対に間違わないのだ。 教育のゲ-ム化 数学等は、工夫してゲ-ムでやらす、昔、生徒が作った数学の問題が、今の数学の学者に溶けないのだ。 禅の導入 禅は宗教ではない、修行である。インドでは二十桁の計算をした後で、必ず瞑想する。 生徒は瞑想が好きである、瞑想前で、実に、嬉しそうな顔をする。 日本も勉強後禅をすることだ、天才が出るに間違いがない、インドのIT産業素晴らしく発展している、日本の会社もインドの大学生を求人に行っている、今後はその必要はないのだ。 細部の教育   挨拶   挨拶は今までの頭を下げる礼は止めて、合掌にする。合掌は人を尊敬し、頭を下げる礼は、貴方に服従すると言うことである、頭を下げる挨拶は相手を警戒している挨拶だ、現代では必要のない挨拶である。     運動場の緑化 緑化すると、自然に親しみ気分がおおらかになる、芝生で寝ころぶ、幸福を味わうことなる。   椅子の廃止 よい点、立ったり、座ったりするので、足腰が強くなり、精神も安定する。   椅子の悪い点 歯がガタガタになり、整歯が必要だ、足腰が弱くなる、この事実は、西洋人の生活の真似をしたためである。 日本人には向かないのだ。西郷さんの堂々たる座り方は如何に精神的に安定しているか?正座は精神的に安定する最高の座り方である。   洋式便所 便秘する、その結果、頻尿から前立腺肥大になり、前立腺ガンになる。   給食の廃止 親子関係が薄くなる。   パソコン パソコンは必ず、親指シフトを使うこと、ロ-マ字シフトであると日本の文字を忘れる、また、一太郎を使うと日本文は、出来るのが簡単にます。 就職の選択   見習い 三年後『読み書きソロバン』の勉強が終わると、就職の準備をする。 政治家を除いて、親の仕事を継ぐのが一番である。その他親の仕事が農業とすると、お百姓の見習いをする、漁業も同じある。 親の仕事を継ぐと、積み重ねが出来るからである 親が役人・サラリ-マンであるときは、各人が選択し、各種仕事を選択し習いに行くのだ。見るだけでも良いのだ。   丁稚の冗談 昔は丁稚に行って、三年間ほど、小遣い程度を貰って、使いをしたりしていた、『丁稚のジョウダン』と言われていたが、丁稚は親方の仕事を見て盗んでいた、三年もなると初めての仕事しても十分にできたのである。 社会との関連 この教育で社会と関連性の仕事に就職し、社会に役立つ人間に成長する。 方向性が決まっているので、精神も安定し、犯罪も起らなくなるのである。 合掌    

2015年11月28日 (土)

教育の矯正

                                            毎日新聞
   教育
  教育方針
  確たる教育は、三つの部分に分かれる。
  教育の矯正、
  最もいけない教育は、押しつけることである、テスト等によって押しつけられると、人間の(魂)本能は指針で、船で言うと羅針盤であり、右脳は操舵手であり。左脳はマニュアルである。
  最も重要なこの二つの機能を駄目にしてしまう、詰まるところ人に支配されるだけの無能人間になる、ロボット人間である。
 
  自己判断力
  自己判断力は最も大切なものである、とっさの時の判断にミスが生じるのである。
  誠に危険である、そのためには、この働きは右脳で、行動力であるが、世間で言う実行力である。
 
  徳育の教育に重点
  徳育は人格を形成し、立派な人間が出来るのだ、その為にお釈迦さまの教えや論語、朱子学、日本では、西郷遺訓が素晴らしい、この様な勉強していると、最も指導者に必要な、慈悲の心が出来る。
 
  薩摩の郷中
  薩摩の郷中(ごちゅう)は素晴らしい教育だ。何処が素晴らしいかというと、採点制度がない、先輩が後輩を教えるという方法である。
  先生が教えるということは、凡人の只の人が、神童を教えるということで本末転倒している。神童が神童を教えるということは、理想の教育である。
 
 
  大石蔵之助が、子供大石力に勿論心の中では、彼は討ち入りに参加して欲しくなかったが、大石力が希望すると、致し方なく許可した、昔は個人の人格を尊重したのである。
 
 
  真の教育
  学校の教育は読み書きソロバン以外は必要ない、三年生以後は自分で行く道を決めさすべきである。
  子供の頭は魂と知恵が充満し、神童であり抜群であるので、凡人の先生が教えるより、先輩が教えるのはもっとも効果的である。生徒が生徒を教えることは、神童が神童を教えることになり、良い方法だ、もっとも効率的である。
  子供の判断で、芸術家・職人・農業・漁業・商売等後半の3年間は無賃で就業して、実践的勉強するのだ。子供は丁稚奉行嫌っているわけではないのだ
 
大学
  大学なんか必要ない、今は政治家は殆どか大学を出ているが、役にたたない、中学三年生で生徒が自分で方向を決めたら良いのだ、賢明な彼等は手に職が付かないものはやらないのだ。特に彼等は役人や政治家の志望者は大学卒でも良いが、少数で良いのだ、役人が繁栄すると国が滅びる。
 
丁稚奉公
  昔は丁稚に行って、三年間ほど、小遣い程度を貰って、使いをしたりしていた、『丁稚のジョウダン』と言われていたが、丁稚は親方の仕事を見て盗んでいた,三年も丁稚奉公すると初めての仕事しても十分にできた、見る事で親方の仕事見て記憶していた。
 
技術者
  先生は生徒の質問だけを受け付け、生徒の統率も必要ない融和だけでよいのだ。先生が減ると国家の教育予算も助かるのだ。
  ある授業の時に今日は図書館に行って勉強をしょうとしたが、太宰治の本を読んだが面白かった、学校の勉強より、この方がより勉強になっている。
 
  中国の勉強事情
  中国も日本の昔と同じである、勉強することによって、立身出世が出来ると、思い親もそれを期待している、しかし、長年の経過が過ぎてみると、それは単なる形骸に過ぎなかったことを、大企業に官僚は次第に一部の人間を除いて、脱落の不安にさいなまれるのである。
  その為にその現実を知ったときに、学習意欲を失い手に職をつけた方が良いと思うのである。
  それは子供の魂と知恵の開発である、真実を知ったということである。エ-リトはお金が好きであるから、賄賂が横行し、中国は賄賂王国である。
 
 
  教育制度の変革
  運動上の緑化
  運動場の緑化は自然に近づくということで良い方法だ、このことでも子供はリラックスし、運動場で遊ぶことも多くなる。
  芝生の手入れは、生徒にさすと情操教育にもなり、イジメは少なくなる。精神的なリラックスが得られて、イライラ感がなくなるのだ。少々金はかかるが、コンクリ-ト土とするより数倍、教育上生徒には良いのだ。
 
  挨拶
  挨拶は今までの頭を下げる礼は止めて、合掌にするとよい。合掌は人を尊敬し、頭を下げる礼は、貴方に服従すると言うことである、頭を下げる挨拶は相手を警戒している挨拶だ、現代では必要のない挨拶である。
 
  椅子の廃止
  椅子を使用した、教室は廃止すべきだ、西洋人は、中心部が心臓にあり(ハ-ト)活動の中心点になっているのだ、ヨ-ガでは中心点をチャクラと呼んでいる。
  日本人は臍下丹田に中心があり、農耕民族と狩猟民族の差である。日本の子供は椅子に腰掛けると安定しないので、集中力を欠くのだ。日本人には正座が一番適している。又世界にこれほど優れた座り方はないのだ。
 
 
 
  男女共学の廃止
  男と女は本質的に知恵も知識のバランスも違うのだ、男は男の指導、女は女の指導をする。男は右脳(知恵)が発達しているので、百年の大計も国防にも関心があり、国の防衛機能も十分になる。
  女は左脳(知識)発達しているので、金は心より大切と考えている、女性は金がなくなると、終末と思っている、女性は全てのものの事が、金で支配されている、理解できないのだ。
 
  実践
  女の人には子供のシツケの方法とか、裁縫や節約の思想が必要だ。今の様男女共学では、男は間違った女の考えに引きずられる。
  若し男女共学にすると、男は天下国家を論ずる事もない、思想的に高度な事を言わなくなる。
  男は指導が得意な、女は男に従うのが好きである。男女共学の理想は、6年生の男と2年制の女と一緒に教育すべきだ、女は男を尊敬するのである。
 
  共学の弊害
  男が世俗的なことばかり、言うようになる。日本の教育で政治も駄目になり、最期は日本もダメになってしまう。『雌鳥時を告げて国滅ぶ』この格言は真実である。
  日本は多分以前に男女をともにして失敗しているのだ、経験上分離したのである、なんでも伝統のないアメリカの真似は猿まねだ。
 
  女性と左脳
  女性の犯罪は左脳『読み書きソロバンと保身』だけであるので、公徳心はないのだ、だからカレ-に毒を入れて殺すとか、練炭で多数の人を殺すとかは男性が想像も絶する罪を犯すのである、これも教育の不備である。
 
 
  子供のケンカ
  子供のケンカ親は子供の自主性を尊重して、絶対に干渉すべきではない、我々子供のときには、子供のケンカに親が出ると『子供のケンカに親がでてと』はやし立てたものである。親も恥ずかしがって、引き下がった。
  子供の自主性を尊重して親が子供のケンカに口をだすべきではない、子供は親より賢明であるからである。必ずよい判断をするのだ。
  子供は神童であることを忘れるな!!!!!!
 
  採点制度の廃止
  採点制度
  苛めの原因
 
  なぜ採点制度をやるか私には分からない、結局は単なる習慣の問題だし、○×式の問題をやらして競争させて何の意義があるか???
  競争から格差が生まれ、イジメが生じるのだ、全く馬鹿げたことだ、人間は競走馬ではないのだ。
  教育委員は先生を競争させてイジメ、先生は生徒を競争させていじめているのである。
  最期は表彰して、馬先ニンジンである。結局は人間を動物の扱いしているのだ。褒めたり貶したり、子供の自主性をバカにしているのである。
 
 
  音楽家の坂本龍一氏が言っていたが、我々の高校生の時は、先生に講義して、通信簿を廃止した、そのように学校は自由であった、『人間が人間を評価できるかという。』正論である。取り上げる先生も素晴らしいのである。先生は子供が神童であることを知っていたのだ。今は自己判断のできない先生が生徒を評価するのである。馬鹿が、神を評価しているようなものである。
 
 
  江戸時代
  江戸時代は採点制度はなかったが、しかし数学の天才が出ている、10才の子供が作った問題が、今の数学者に解けない、彼等はゲ-ムで数学をやっていたのである。
  採点制度がイジメの原因になっているのだ。人間は他の動物と違って、知識で行動しているので、公正な競争が出来ない、その為に採点制度によって、ひがみやいじめが生じ人間関係を悪くする。
 
  友情
  このような競争によって、友情は無くなり、公徳心も破壊されるのである。東南アジア国に行くと理解できる
 
  。
  ミヤンマ-人は子供でも、自分が3つの飴を貰うと、自分の飴をない子に上げる、私はビックリした、日本では大抵は喧嘩である。
 
  教育のあり方
  寺子屋
  昔の寺子屋や薩摩の郷中(ごちゅう)は素晴らしい教育だ、今のボ-イスカウトの原点になっているが、外人が日本の郷中の制度に感嘆して取り上げて、日本人がそのような優れた教育制度をすてている。
  人間はゴルフでも教え魔というのがいて、指導することに大変な快感を味わい自分も成長する。こんな楽しくで簡単なことはないのだ。
  我々も先生に習ったことは良く記憶していないが、先輩に教えてもらったことは、良く記憶している。
 
 
  郷中は続々と英才を排出したのである、西郷隆盛、大久保利通、川路聖路、其の他多士済々である。
 
  体罰
  体罰は子供には必要なものである、何故なら体罰によって、子供は目覚める、肉体の痛みは魂や知恵を目覚めさせ、左脳(知識)で物事を考えてきた間違いを全て放逐する。
  体罰が無いと子供の進歩は後れる、禅の警策と同じである。子供は体罰を望んでいる。悪いことをした時に悩んでいるより解決してもらった方が良いに決まっている。
 
 
  先生の役目
  先生は生徒の質問事項だけに返事したら良いのだ、生徒の長所を見つけて褒めれば良い、先生は余程勉強してないと、生徒の質問に答えができない、先生は又、魂と知恵の開発のために座禅をやるべきである。
 
  PTA
  これほど馬鹿げた制度はない、伝統のない阿呆のアメリカ人が考えそうなことだ。このような制度は専門家にイチャモンをつけるのと同じである。
  馬鹿な親が、教育以外にも口を出し、先生の理想とする教育や、専門的教育のジャマをする。
 
 
  第二次世界大戦だ、ミッドウエイの海戦だが、先に敵の軍艦を見つけながら、日本の指揮官(エリ-ト)は、雷撃機にするか、戦闘機にするかと迷い、先制攻撃をされて負けた。これが決断のできない知識(自己保身)の間違いだ。
  日本の敗北は物量よる物ではない、魂の問題だ、蒙古襲来を見よ。魂と知恵のアメリカは迷わずに攻撃して、勝利した。秋山艦長だけは先制攻撃をして、敵の軍艦を静めた。
  日本の指揮官の右脳の欠如である。
 
 
  教育と禅
  禅は教科に取り入れるべきである、インドでは二十桁の掛け算の練習の後で、必ず瞑想するのだ瞑想に入る時の生徒の嬉しそうな顔は子供は瞑想や禅が好きなのである。小生の孫も喜んでしたのだ。その結果は絶大で、IT産業にインドの大学生は世界で引っ張りだこである。
  日本でも瞑想より優れている禅があるのだ、必ず成果は出るのだ。
 
  政治家よこの文を百回読んで身につけろ、成果は必ずでできて、日本のために役立つ政治家になれるのだ。
 
  吉田松陰とその弟子の研究は外国文化の吸収である、そして、日本の優れた伝統文化を破壊したのである。
 
                                                                                                                            合掌
   教育
  教育方針
  確たる教育は、三つの部分に分かれる。
  教育の強制、
  最もいけない教育は、押しつけることである、テスト等によって押しつけられると、人間の(魂)本能は指針で、船で言うと羅針盤であり、右脳は操舵手であり。左脳はマニュアルである。
  最も重要なこの二つの機能を駄目にしてしまう、判断力がなく、今の教育は人に支配されるだけの無能人間になるのだ、ロボット人間である。今の教育はマニュアルの勉強だけである。エリ-トは実社会では、役に立たないのだ。
 
  自己判断力
  自己判断力は最も大切なものである、とっさの時の判断にミスが生じる、誠に危険である、そのためには、この働きは右脳で、行動力であるが、世間で言う実行力で、政治家には最も必要である
 
  徳育の教育に重点
  徳育は人格を形成し、立派な人間が出来るのだ、その為にお釈迦さまの教えや論語、朱子学、日本では、西郷遺訓が素晴らしい、この様な勉強していると、最も指導者に必要な、慈悲の心が生まれる。
 
  薩摩の郷中
  薩摩の郷中(ごちゅう)は素晴らしい教育だ。何処が素晴らしいかというと、採点制度がない、先輩が後輩を教えるという方法である。
  先生が教えるということは、只の人が、神童を教えるということで本末転倒している。神童が神童を教えるということは、理想の教育で、折角の神童の花が開かないのだ。
 
 
  大石蔵之助が、子供大石力に勿論心の中では、彼は討ち入りに参加して欲しくなかったが、大石力が希望すると、致し方なく許可した、昔は個人の人格を尊重したのである。
 
  真の教育
  学校の教育は読み書きソロバン以外は必要ない、三年生以後は自分で行く道を決めさすべきである。独立心のようせいである。
 
 
  子供の頭は魂と知恵が充満し、神童であり抜群であるので、凡人の先生が教えるより、先輩が教えるのはもっとも効果的である。生徒が生徒を教えることは、神童が神童を教えることになりもっとも効率的である。
  子供の判断で、芸術家・職人・農業・漁業・商売等後半の3年間は無賃で就業して、実践的勉強するのだ。
 
  大学
  大学なんか必要ない、今は政治家は殆どか大学を出ているが、役にたたない,生徒が自分で方向を決めたら良いのだ。
  賢明な彼等は手に職が付かないものはやらないのだ。特に彼等は役人や政治家の志望者は大学卒でも良いが、少数で良いのだ、役人が繁栄すると国が滅びる。
 
 
  昔は丁稚に行って、三年間ほど、小遣い程度を貰って、使いをしたりしていた、『丁稚のジョウダン』と言われていたが、丁稚は親方の仕事をじっと見て盗んでいた、三年もなると初めての仕事しても十分にできた。
  昔は技術者を尊敬したが、一時的に、役人が尊敬された事態もあったが,今は次第に変換期にあるのだ。技術を持つということが、大切な事が理解できたである。
 
  技術者
  先生は生徒の質問だけを受け付け、生徒の統率も必要ない融和だけでよいのだ。先生が減ると国家の教育予算も助かるのだ。
  中国も日本の昔と同じである、勉強することによって、立身出世が出来ると、思い親もそれを期待している、しかし、長年の経過が過ぎてみると、それは単なる形骸に過ぎなかったことを、大企業に官僚は次第に一部の人間を除いて、脱落の不安にさいなまれるのである。
  その為にその現実を知ったときに、学習意欲を失い手に職をつけた方が良いと思うのである。
  子供の魂と知恵の開発である、真実を知ったということである。エ-リトはお金が好きであるから、賄賂が横行し、中国は賄賂王国である。
 
  教育制度の変革
  運動上の緑化
  運動場の緑化は自然に近づくということで良い方法だ、このことでも子供はリラックスし、運動場で遊ぶことも多くなる。
  芝生の手入れは、生徒にさすと情操教育にもなり、イジメは少なくなる。精神的なリラックスが得られて、イライラ感がなくなるのだ。少々金はかかるが、コンクリ-ト土とするより数倍、教育上生徒には良いのだ。
 
  挨拶
  挨拶は今までの頭を下げる礼は止めて、合掌にするとよいのだ。合掌は人を尊敬し、頭を下げる礼は、貴方に服従すると言うことである、頭を下げる挨拶は相手を警戒している挨拶だ、現代では必要のない挨拶である。
 
  椅子の廃止
  椅子を使用した、教室は廃止すべきだ、西洋人は、中心部が心臓にあり(ハ-ト)活動の中心点になっているのだ、ヨ-ガでは中心点をチャクラと呼んでいる。
 
臍下丹田
日本人は臍下丹田に中心があり、農耕民族と狩猟民族の差である。日本の子供は椅子に腰掛けると安定しないので、集中力を欠くのだ。日本人には正座が一番適している。又世界にこれほど優れた座り方はないのだ。
 
  男女共学の廃止
  男と女は本質的に知恵も知識のバランスも違うのだ、男は男の指導、女は女の指導をする。男は右脳(知恵)が発達しているので、百年の大計も国防にも関心があり、国の防衛機能も十分になる。
  女は左脳(知識)発達しているので、金は心より大切と考えている、だから金がなくなると、終末と思っている、女性は心が金で支配しているということが、理解できないのだ。
 
  実践
  女性には子供のシツケの方法とか、裁縫や節約の思想が必要だ。今の様に男女共学では、男は間違った女の考えに引きずられる。
  若し男女共学にすると、男は天下国家を論ずる事もない、思想的に高度な事を言わなくなる。
  男は指導が得意な、女は男に従うのが好きである。男女共学の理想は、6年生の男と2年制の女と一緒に教育すべきだ、女は男を尊敬するのである。
 
  共学の弊害
  男が世俗的なことばかり、言うようになる。日本の教育で政治も駄目になり、最期は日本もダメになってしまう。『雌鳥時を告げて国滅ぶ』この格言は真実である。
  日本は多分以前に男女をともにして失敗しているのだ、経験上分離したのである、なんでも伝統のないアメリカの真似は猿まねだ。
 
  女性と公徳心
  女性の犯罪は左脳『読み書きソロバンと保身』だけであるので、公徳心はないのだ、だからカレ-に毒を入れて殺すとか、練炭で多数の人を殺すとかは男性が想像も絶する罪を犯すのである、これも教育の不備である。
 
  禅の教育との関係
 
  禅は宗教ではない、我々も子供のときに禅のことを教えられたが、学校では魂と知恵の教育として絶対に道徳と共教育に取り入れるべきである。
  禅は魂と知恵だけではなく、体育にも効果がある、禅の姿勢は剣の戦いの姿勢である。その為に油断をしなくなるのだ、後ろにも気配を感じるようになる、突然の殺人鬼にも避けることができるのだ。
  又北斎や歌麿、天才は魂と右脳の発達によって得る事がきるのである。
 
  子供のケンカ
  子供のケンカ親は子供の自主性を尊重して、絶対に干渉すべきではないのである、我々子供のときには、子供のケンカに親が出ると『子供のケンカに親がでてと』はやし立てたものである。
  親も恥ずかしがって、引き下がった。
  子供の自主性を尊重して親が子供のケンカに口をだすべきではない、子供は親より賢明であるからである。必ずよい判断をするのだ。
  子供は神童であることを忘れるな!!!!!!
 
  採点制度の廃止
  採点制度
  苛めの原因
  なぜ採点制度をやるか私には分からない、結局は単なる習慣の問題だし、○×式の問題をやらして競争させて何の意義があるか???
  競争から格差が生まれ、イジメが生じるのだ、全く馬鹿げたことだ、人間は競走馬ではない、教育委員は先生を競争させてイジメ、先生は生徒を競争させていじめているのである。
  最期は表彰して、馬先ニンジンである。結局は人間を動物の扱いしているのだ。褒めたり貶したり、子供の自主性をバカにしているのである。
 
  例
  音楽家の坂本龍一氏が言っていたが、我々の高校生の時は、先生に講義して、通信簿を廃止した、そのように学校は自由であった、『人間が人間を評価できるかという。』正論である。取り上げる先生も素晴らしいのである。先生は子供が神童であることを知っていたのだ。今は自己判断のできない先生が生徒を評価するのである。馬鹿が、神を評価しているようなものである。
 
 
  江戸時代
  江戸時代は採点制度はなかったが、しかし数学の天才が出ている、10才の子供が作った問題が、今の数学者に解けない、彼等はゲ-ムで数学をやっていたのである
 
  。
  採点制度がイジメの原因になっているのだ。人間は他の動物と違って、知識で行動しているので、公正な競争が出来ない、その為に採点制度によって、ひがみやいじめが生じ人間関係を悪くする。
 
  友情
  このような競争によって、友情は無くなり、公徳心も破壊されるのである。東南アジア国に行くと理解できる
 
  。
  ミヤンマ-人は子供でも、自分が3つの飴を貰うと、自分の飴をない子に上げる、私はビックリした、日本では大抵は喧嘩である。
 
  教育のあり方
  寺子屋
  昔の寺子屋や薩摩の郷中(ごちゅう)は素晴らしい教育だ、今のボ-イスカウトの原点になっているが、外人が日本の郷中の制度に感嘆して取り上げて、日本人がそのような優れた教育制度をすてている。
  人間はゴルフでも教え魔というのがいて、指導することに大変な快感を味わい自分も成長する。こんな楽しくで簡単なことはないのだ。
  我々も先生に習ったことは良く記憶していないが、先輩に教えてもらったことは、良く記憶している、郷中は続々と英才を排出したのである、西郷隆盛、大久保利通、川路聖路、其の他、多士済々である。
 
体罰
  体罰は子供には必要なものである、何故なら体罰によって、子供は目覚める、肉体の痛みは魂や知恵を目覚めさせ、左脳(知識)で物事を考えてきた間違いを全て放逐する。
  体罰が無いと子供の進歩は後れる、禅の警策と同じである。子供は体罰を望んでいる。悪いことをした時に悩んでいるより解決してもらった方が良いに決まっている。
 
 
先生の役目
  先生は生徒の質問事項だけに返事したら良いのだ、生徒の長所を見つけて褒めれば良い、先生は余程勉強してないと、生徒の質問に答えができない、先生は又、魂と知恵の開発のために座禅をやるべきである。
 
PTA
  これほど馬鹿げた制度はない、伝統のない阿呆のアメリカ人が考えそうなことだ。このような制度は専門家にイチャモンをつけるのと同じである。
  馬鹿な親が、教育以外にも口を出し、先生の理想とする教育や、専門的教育のジャマをする。
 
 
  例
  第二次世界大戦だ、ミッドウエイの海戦だが、先に敵の軍艦を見つけながら、日本の指揮官(エリ-ト)は、雷撃機にするか、戦闘機にするかと迷い、先制攻撃をされて負けた。これが決断のできない知識(自己保身)の間違いだ。
  日本の敗北は物量よる物ではない、魂の問題だ、蒙古襲来を見よ。魂と知恵のアメリカは迷わずに攻撃して、勝利した。秋山艦長だけは先制攻撃をして、敵の軍艦を静めた。
  日本の指揮官の右脳の欠如である。彼等は思い上がって、孫子の兵法も勉強していないのだ、勉強していたら、中
 
 
  国に於いて,兵端の伸びる戦争なんかやっていないのだ、先ずれば,滴を制すと言うことも、陸大や海軍兵学校はなにをしていたか?
 
 
  教育と禅
  禅は教科に取り入れるべきである、インドでは二十桁の掛け算の練習の後で、必ず瞑想するのだ瞑想に入る時の生徒の嬉しそうな顔は子供は瞑想や禅が好きなのである。小生の孫も喜んでしたのだ。その結果は絶大で、IT産業にインドの大学生は世界で引っ張りだこである。
  日本でも瞑想より優れている禅があるのだ、必ず成果は出る、政治家よこの文を百回読んで身につけろ、成果は必ずでできて、日本のために役立つ政治家になれるのだ。
 
  吉田松陰とその弟子の研究は外国文化の吸収である、そして、日本の優れた伝統文化を破壊したのである。
 
                                                                                                                            合掌
    
                                          最後に医療関係
  小生の説が皆さんに理解していただけるかが問題だ、分かりやすく図解した。気理解して頂けたと思う。よろしく審査をお願いする。
  真の医学が理解できないと、仮説に通っていると、間違いなく、人類恐竜のようには破滅する。
 
  一図(正常)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  正常の場合
  簡単に理解できるように気の流れを図解した。
  この状態が過食のない健康な人の人体の図だ。先ず背骨が真っ直ぐである。
 
  この図は動物と同じく、自然に従い、自己の本能と右脳が『自己の医者』と健全な思考と行為をもっている、
  過食・非適食という間違った行為よる病気にならない。
 
  例
  風邪を引くと食欲がなくなり、足の気が上部に上がり、上半身の熱が上がる原因は右鼻(陽)から呼吸で体温を上げる、三十六度前後で生活している、細菌は三十六度以上に熱が上がると、細菌は死滅し、左の鼻(陰)から呼吸して体温を平熱に戻すのだ。その処置が自己の医者の治療法である。
 
 
 
  藪医者は、風邪は栄養が足りなくなったと、誤診して栄養を与え、患者は肺炎になり、死亡するのだ。
  肺炎のように、簡単に治る病気が、死亡率の三位である、患者は医者に殺されているようなものだ、点滴は敵だ。
 
  気の流れ
  気は左手より入り、下肢に行き、一部は頭上に行き、頭脳の働きに気は使われる。
  左から気は入る太陽からの気は陽で、左半身は陰であるので、反発することはない、下部に流れた気は歩くこと、走る為に使われる。
 
気の流れ
  右手に流れた気『エネルギ-』は仕事に使われる、左鼻の呼吸は陰で体を冷やし、
  陽の右の鼻の呼吸は心を興奮させ、ストレスを起こす、左鼻の呼吸は心を静め冷静さを保つのだ。
 
    
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  病気の図
  胃が水の入った、ペット・ボトル2本文の重さ『約四キロ』で、左の骨盤を押し下げ歪めた背骨が、気の中を流れる気『エネルギ-』を歪める。
  背骨が歪み、自己の医者(自然治癒)を正しい診断を失い、病気への正しい診断が出来なくなる。
 
  太陽からの気『エネルギ-』の流れ
  太陽から入った陽気は人の性格で、必ずしも同じように働くかない、陽気の流れが、その人の思考で変化し。
 
胃の拡大
  その原因は胃の拡大で腰骨の左右が変わったが、胃が拡大し、その次に老化と共に、腸に宿便が溜まり、多量の便の重みを支える、体が反る、この場合は、性格は陽気になる。
 
  陽気とは
  進歩、朗らか、前向き、努力、出世欲、等であり、病気としては、肝臓・腎臓の病気、その他は高血圧症とガンである。
 
  陰気とは
  陰気に変わる。その場合は下記の様な変化が生じる、吸う息が少なく、腹が凹む、気『エネルギ-』が十分に丹田に入らない。前屈になり、首が垂れる。
  退歩、陰気、後ろ向き、沈着冷静、奉仕等で、病気は肺結核・気うつ症、自殺等、しかし、比較的長命である。
 
病気の治癒のために
  背骨が歪んでいると、病気を治すために、相当の努力、修行が必要になる。背骨を垂直にする必要が生じる。
 
  背骨が垂直であると、自己の医者は治療を開始し、間違った診断とは一切なく、病気を治癒して、健康にする。
 
病気とは
  下部に流れた、気『エネルギ-』の流れの乱れは,胃の重さから、足の故障を生じて、骨盤を歪め腰痛になる。
  背骨の通る気『エネルギ-』乱れは、胸椎二番は胃の関係、胸椎の一番と五番と呼吸器と内臓の関係の病気で喘息・肝腎・ガン関係になる、
  正しくない気『エネルギ-』次第に上部に行き、脳に至る、脳障害・老眼・耳・鼻の障害等になる。
 
  右手に流れた気『エネルギ-』は仕事に使われ、気『エネルギ-』を消費する。
 
    胃と心の関連
 
  病気の真の原因は、過食、不適食による胃の拡大で、胃は心の変化と結び付いている。
 
 
  上記の如くに、胃の重さから背骨が変形すると、脳まで影響して、本能と右脳が自己の医者をなくし、治癒力がなくなる。
 
  病気治癒の道
  病気の治癒は
  胃の縮小
  胃を小さくする、その為には、夕食を抜き,朝・昼の二食にする、結果一ヶ月後には、胃は2pettol-pot大きさから、正常な、握り拳大の胃になる、腰骨に重さがかからないので正常になり、次いで背骨と首の骨は正常になる。全ての背骨は病気に関連していて、腰の傾きが治ると、背筋は垂直になり、全て病気が治る。
 
  二食の実体験
  医者は自分の病気を治すことは出来ないが、小生は実体験者で、最期に今や老眼もなくなり、病気は一切ない。
  首の骨が正常になったからである。
 
  胃のテスト
  胃が拡大していると、足の梅干しの下に痛点がある。過食で腎臓を痛めている左足の内側の踝の上の10㎝ぐらいに痛点がある。腰を痛めている。
  便が沈むのは、古い便で、約十五日前の便である、胃が拡張しているだ。アキレス腱が硬化して、縮んで人は靴のかかとが減る。
 
  世界の人に
  世界の人が小生の文を読み、活用するなら、全人類が夕食抜きの二食する、食事を改革をすることである。結局は、病気の根本原因が分かると、間違いなく病気はなくなり、万民が幸福になる。
 
  正しい思考
  今の社会は間違った食生活の社会で生きている、医者を初めとして、正しい物事を思考できる人間は少ない、その他は間違った地獄にいる大衆である。
  彼らは、欲望と戦いの地獄で、病気の異常から、病人になり、百二十五才まで生きられる生命を持ちながら、八十才やっとであるが、二十五才以降は、間違った健康の考え方持ち、生活し、年をとると共に、病気になる。
 
  健康と幸福
  二食の生活をすると、次第に胃袋は小さくなり、健全な思想と、体力を得て、気『エネルギ-』の生活をと来るこ
 
 
  とができる。
  健康な体に、健康な思想が生まれ、人間は幸福な生活を送ることができる。病気も戦争もなくなる。健康な思想の持ち主には間違った行為はないのだ。
 
病気治療
セックスの回復法
  セックスの失調は左の内筋力の失調にある,原因は過食によって、前述のごとくに胃の重量で左の骨盤が、下に下がるので、背骨が歪み、骨盤の異常は、肛門が緩み、開く肛門はセックスと関連がある、肛門の穴が閉まらなくなるとセックスも立たなくなる。
   
筋力の問題
  この事実は、足の内筋力の失調にある、足の内筋肉を鍛練しないと回復出来ない、今まで外側を使って生活してきたので、内側は特に弛んでいる。
  内筋力はセックスとつながっている。
  結果として内筋力を鍛える以外に方法ない。内筋力は肛門との関係で、セックスと関連している。
   
鍛練法
  一番目に、左足のかかとを上げて、力一杯、地面に足の親指を押しつけながら我慢する。
  二番目に、足の爪先を上げてアキレス腱を延ばす。アキレス腱は胃と関連がある
  アキレス腱が伸びると、胃は縮小する。
  三番目に足ふまずをつけ、足の外側を一杯上げる。
  四番目、左足のかかとを上げて、力一杯、畳みにつけた足の親指を押しつける、そして膝を右に回す。このこの方法で、内筋力が鍛えられる。
  この方法は誠に強力で、二三日で効果が出るの、しかし、続ける必要がある。
  注意すべき事はこの時に腰を必ず後ろに引く、この鍛練で足と腰が腰が是正されるので、背骨が垂直になる。
 
老眼の治療法
  老眼の治療も上記で治る。老眼は首の骨の歪みでできる、背骨が垂直になると首
 
 
  の骨も正常になると治る。
  老眼は最終の病状であるので背骨が治ると、完全な健康な体になる。
  背骨に気『エネルギ-』が通っているので、気の流れも正常になる。気の流れはストレスと関連しているので、ストレスによる病気も治る。
  この体操すると間違いなく、最低百二十五才まで健康に生きることが出来る。
   
教育制度
間違った教育
教育と只の人
  教育制度の間違いで、文部省の教育の間違いで、神童が只の人にされている、教育の問題も是正の必要がある。
 
 
  子供は勉強しない方よいのだ、不登校生はそのことを知っている、優等生は温和で記憶力良く、判断力はない全くの馬鹿である。
  無理な勉強で頭脳なかの本能と右脳が破壊されている、勉強は動物のように,実利以外を教えるのではないのだ。
   
教育制度と病気
  今の教育は、役に立たない学問を教えると、役に立たない学問が、頭を占め、本能・右脳が役に立たない学問によって、放逐されて神童が只の人になる。
  病人は仮説の医学を信じて、自己の医者を信じないのだ。
 
   
 
   
各種の健康法
  東洋医学・西式健康法・ヨ-ガを研究したが、すべての方法に好い点、悪い点がある。
  禅は完全治療法であるが、即効性はない、小生の亀仙流健康術は即効性もあり完全である。
  亀仙流健康術は、仮説ではないので、将来の発展も望めるのである、しかしほと
 
 
  んど完全であるので、発展もないかもしれない。
 
   
                                            自己履歴
名前 亀井 襄治
生年月日 昭和4年5月17日
    昭和29年同志社大学卒業
  昭和29年  安田生命入社
    37年勤務後  停年退社
  その他の健康法の研究
定年退職後は健康法似ついて研究をする、ヨ-ガ・西式健康法・漢方・その他の民間療法・禅等であるが、中でも健康法としては、秀逸のは禅であるが、即効性はない、小生の創設した亀仙流医学は速効性がある。
禅の研究
ヨ-ガの瞑想と禅による研究する、特に禅の師匠は戦後の混乱を『耐えがたきを耐えの』名文で国民を納得させられた山本玄峰老子の孫弟子である梅城老子に約15年間の指導受け、その後は、独修で開眼した。偉大なる師匠に仕える事ができたのは誠に幸運でした。
    住所 埼玉県所沢市東狭山ケ丘1-47-17
    電話 090-2303-3915

2015年4月16日 (木)

平和を求めて

平和を求めて
平和の根源
    平和を求めて、彷徨うが、平和の根源は想像もできないところにある、その根源を知ると、簡単に平和に対する対処は、解決がつくのである。
    
気の作用
    人間は全て気『エネルギ-』によって左右されている、気が満ちると、戦う気が起こるのだ、気が平静であると、闘争心はなくなり、平穏になる。
   
気『エネルギ-』
    気は大気から、左手から入り心臓を通り、臍下丹田に行く、西洋人は心臓で止まり、東洋人は
    臍下丹田に行く、そこで蓄積される。
   
食べ物の作用
    過食すると、正常である胃は握り拳大であるが、十倍の大きさに膨れ上がる、左の腰にのり
    左足を圧迫し、左足を痛めるのだ。その結果腰痛になる。
   
  心との胃の関連
    胃と心はつながっているから、胃が大きくなり、左の足の腰の上にのり、背骨を歪めると万病が起こるのである。過食が胃を大きくして心を動かしている事実は誠に明瞭である。
   
  闘争心の助長
    特に闘争心を助長のするは、背骨が、左に捻れたときである、この姿勢はボクシングの構えと同じである、右手の拳を握りしめ、肩を後ろに引く、この体制は戦う前の姿勢である。
   
  潜在意識と闘争心
    潜在意識の中に組み込まれるから、この姿勢を保ったままである、一発触発の態勢である。夜も拳を造り、歯を噛みしめるから、胃酸を出し、胃潰瘍になる、前兆である、その為にその気『エネルギ-』を発散するために、暴力否定の立場から、心身の転換を計り、犯罪や戦争の根源になるのだ。
   
胃の正常化
    朝・昼の二食にすると、二十時間の食事しない時間が生まれるのである、夜寝ている間に胃は縮小する。
    その結果、胃は握りこぶし大の正常なものになる、心と胃は繋がっているから、闘争心はなくなり平穏になる。
    禅僧やミヤ-マ-の僧侶は夕食抜きの二食である。故に温厚である。
   
  東洋人とと西洋人の違い。
    東洋人は心の中心が、臍下丹田にあるから、ここに気『エネルギ-』を蓄積できるのだ、しかし西洋人は気『エネルギ-』の中心が心臓にあるから、蓄積できない、その為に平和を得ることだできないのだ。
   
  禅と瞑想
    世界の人禅と瞑想行なうと、次第に東洋人も、西洋人も心のコントロ-ルが出来るようになり、冷静な判断の基に、戦争を回避できなるのである。

2015年3月29日 (日)

禅の修行

                        禅の修行と役目
   
本棚の整理
    禅は如何なる役割をしているのだ、本棚の整理である、必要な、本は順番に並べて、不必要な本は、後回しにするのだ。
    整理が済むと過去に記憶したことも、順番が前であると、簡単に出る、過去に忘れていた英語も、簡単に出るのである。
    突然しゃべりたりするのだ、誠に便利な方法である。
   
自己判断
    一切の整理が付くと、必要なものを残して、今度は頭が空っぽになるから、自分で判断できるのだ、新しい思想が生まれるのだ。
    新規の思想は、役立つものが多いのだ。今の政治家は新規の思想は何もなく堂々巡りをしているだけだ。業に掴まっているのだ。
   
説得力
    自己から生まれた、思想は全ての人が関心を持つから政治家にとっても有力な武器になるのだ、説得力も増し、堂々たる演説になる、総理は間違いないのだ。
   
禅の修行の方法
    誠に簡単である、南無阿弥陀仏を繰り返し繰り返し行い、志願は好きなだけすると良い、そのうち次第に好きになり、時間も延びるのだ、最終は四十分だ。
    南無阿弥陀仏を称えると、姿勢も呼吸も正調になるのだ、次第に南無阿弥陀仏が消えると本格的だ。
                                                                                合掌

2015年3月22日 (日)

オ-ムに真理はない。

                           オ-ム教壇
   
  増長慢
    何故オ-ムに興味を持つか、浅原彰香は増長慢で魔境に入ったのである、禅でも魔境入ると、切れとと、それは禅では常識である。
    織田信長と同じで、大変な迷惑である、彼は仏でないのに仏と信じたのである、しかし、自己の仏(ア-トマン)ではないのだ。
   
社会不安
    今の社会は間違った方向に言っているのだ、若い人は、暗中模索で、自己の仏(ア-トマン)と宇宙の仏(プラフマン)を求めている、即ち、社会を正しい方向に行くように念じているのだ。
   
  教育問題
    今の教育が西洋文明を真似しために、自己の仏(ア-トマン)と宇宙の仏(プラフマン)の存在を知らない彼らに追随し、ノツボに嵌まったのである。
    西洋文明の教育は読み書きソロバンと保身以外に無駄なことを、無理に詰め込んで、本能(公徳心)や右脳を破壊したのである。
   
正道
    オ-ムの怖さを知らない若い人は、正しい道を求めているので、ヒヨットすると、オ-ムの中に真理があるかもと思考うのである、それほど今の社会は混沌としてい、今の政治も、不信感で一杯である。
   
  正しい教育
    生活をするために無駄なことを教えないことである、それで、本能も右脳も破壊されないのだ。初めて、自己の仏(ア-トマン)が復活するのだ。
    例えば、高等数学や科学の一部等である。
   
    今は政治家も裁判官も正道を知らないのだ、知っているのは古人の施政者と、徳を積んだ僧侶である。

2015年2月14日 (土)

道徳の押しつけ

                                    教育
  今度は道徳を折り込んだ、教育を押し進めるそうだ、このような幼稚な連中かかったら、生徒はメタメタになり、日本も駄目になるのだ、今の教育の最も問題であるのは、強制的な押し付けである、子供の恐れているのは、本能と右脳の破壊である。
  勉強を強制されて,親を殺した人間も居るのだ、子供は神童であるので、自由な発想が必要である。仕事も子供に選択させたら良いのだ。

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