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2016年4月15日 (金)

禅の神髄
                                                              p.m
    瞑想の前に
    観世音 南無仏 かんぜおん なむぶつ
    余仏有因 余仏有縁 よぶつういん よぶつうえん
    仏法僧縁 常楽我浄 ぶっぽうそうえん じょうらくがじょう
    朝念観世音 暮念観世音 ちょうねんかんぜおん ぼねんかんぜおん
    念念従心起 念念不離心 ねんねんじゅうしんき ねんねんふりしん

    瞑想前
    瞑想する前にこのお経を唱えます、このお経は体をリラックスするためのお経です。
    体を背筋を真っ直ぐにして、ゆっくり左右交互に回します。

    呼吸
    呼吸はまず、吐き、吐き、又、吐き、全ての空気を吐き切ります、吸い、吸い、胸一杯吸い込んだら、一寸、吐き、胸一杯吸い吸い込んだら、一寸、吐く、この呼吸法繰り返す。
    心は、臍の形を想像すると、たぬきの腹ように大きくなります。

    吐く度に後門を閉め、肛門の形(菊の花)想像し、吐く度に肛門を絞めます。
    後は必死なって、臍下丹田に臍の下を腸の形を想像します。次第に呼吸が浅くなって、鼻の先につけた真綿も飛ばない位に静かになります。
    これは禅僧が十年の修行の結果が、一週間で会得できます。
    小生の秘伝です。

    変な教育を受けたので、皆様の本能も右脳も破壊されました、そのために一度神童になる為には、禅は必要不可欠です、禅の修行しないと、間違いなく、不幸になります。
    今は皆様は羅針盤のない船で、船の墓場(サルガッソ)に一目散です。

2016年4月 9日 (土)


手のひらにこころを集中するのします、ということは、手のひらの形を想像します。

2016年4月 8日 (金)

禅の修行(16年4月7日)

絵を始め全ての事に長じるためには、禅が必要です、宮本武蔵、禅の修行者ですが、彼の絵は素晴らしいものがあります。彼は絵の修行したのではないのです。禅の修行者は全てに上達つします。イチロ-もそうです。
女性には福音ですが、美しくなります、人が寄って来ます、瞑想の国ミヤン-マは美人の産地として有名です。
食事前の体操
左足だけの体操します、カカトを上げて爪先を畳に押しつけます。この時に、必ず、お尻を後ろに引いてください。
2回繰り返してください。
今度はカカトをつけ畳につけ、思い切り爪先上げます。この体操は胃を小さくします。
注 この体操は、胃を小さくします、今の貴方の胃はペットボトル2本分の大きさで、4キロあります、胃と心は繋がっていますから、胃が大きいと心が暴れます。
食事は朝と昼の二食してください、夜は我慢が出来ないと、果物を食してください。
暫くすると、胃が小さくなるので、減食します。
全体食
全体食とは、全て物を食します、米なら玄米・7分付・胚芽米です。全ての動物は全体食です、鯨はオキアミだけで生きています。
注刺身は身だけを食し、内蔵は食べないので、胃は内蔵を探し、過食になります。
呼吸法
禅の座り方
座りに憎い方の足片方だけのせます、勿論、出来れば、両方でも良いのです。
座ると、南無阿弥陀仏と唱えます、5度唱えると、姿勢も呼吸も正しくなり、臍下丹田に力が満ちます。
ギャティ・ギャティ、パラソウガティ、パラサムガティ、ボジスババ、ハンニャシンギョウと3度唱えます。
『吸い吸いまた吸い、吐き吐き全てを吐き、3度やる、吸い吸い吸いきったら、止める、しばらくして、一寸と吐く、狸の腹が大きくなり、吸い吸い、吐き一寸吐き、と心の中で唱えます』。
数息観、-っで息を吸い、つ-で吐きます、10数えたら、1から始めます。
繰り返し繰り返し、忘れるようになったら。
ずい息観に自分の呼吸音に心を移します、禅の最中は間違いなく、左手の平に精神を集中します。集中は出来なかったら結構です、禅の最中に自然に出来ます。
小生のお弟子さんが絵画の職人さんですが、小生が教えたところ、絵画を見に行きましたが、その絵だけ、目立っていました。
若し分からないところがありましたら、電話ください090-2303-3915です。
                                                                合掌

2016年4月 3日 (日)

                    禅(16-4-3)
1、禅
気力
 老齢と気『エネルギ-熟練の必要があるが、熟練すると効果が高いのである、色々の特徴がある、まず会得すると、色々の種類の物事が完成し、年とともに老いることはなく、逆に上達する。
例えば、武術の塚原卜伝・宮本武蔵、合気道の植芝盛平等である。
それは体力でなく、気『エネルギ-』戦っているからである。
気『エネルギ-』は年とともに成長するのだ。
解脱
 解脱とは読書をしない、過去の記憶を捨てる、新しい物を記憶して、新しきことを生み出すのだ。真の解脱である。
学校で習った教科の記憶を捨てるということである。
無駄な勉強
今まで習った、勉強は無駄であったのだ、間違った勉強したので、それを捨てる必要があった。
結局は頭を空にして再出発である。学校の勉強さえなかったら、日本人には禅の必要はなかった。
   

2013年3月10日 (日)

禅総論

禅とは
何故禅が必要か、これほど優れた修行はない、生徒に絶対にやらすべきである、インドでは二十桁の掛け算をした後に、瞑想をやっている、彼等は嬉々として瞑想している、子供は純真だから瞑想が好きである。
やってみると如何に楽しいか分かる、自分の心に紐をつけるのだから、今の教育はこんなことをやらない、実社会に役に立たない、勉強すると例えば因数分解等一生使うことはないのだ。
これを強制的に教えると、魂(本能)と右脳が破壊されてしまい、カタワの人間ができるのである。
無駄なものを捨てるために、禅を修行するのである。
馬鹿な教育を受けたために、教育を受けたこと以外はできなくなる、商売の数字だけの世界である、代議士は数字のこと以外はしないのである。日本はこのような代議士が政治をしていると、間違いなく破滅するのだ

禅の効用
禅の修行すると、頭が無駄な働きをしない、人間は常にカルマ(業)カルマに掴まっていいるのである。
たとえば、殆どの人はやることが一定である、散歩も何時も同じ道を歩くのだ、散歩に思考はないのだ、無意識に歩いているに過ぎないのだ。
このような生活をしていると、無意識であるから判断力はなくなるのである。禅は全ての悪癖の習慣を取り去り、頭を白紙に戻し、整理し治すのだ、その為にか過去に記憶したものが思い出すことが出きるのだ。
中学の時に習った英語を喋る事が出きるのである、誠に不思議である、新しく勉強の必要はないのだ、又色々の絵や技術がマネンリ化しないで積み重なるから巧くなり、一流になるのだ。
たった一日も四十分するだけで、膨大な記憶の蓄積が役に立てる事が出きるのだ。今の政治家は禅をしていないから、頭が空転している。

無駄な動き
禅の修行すると、頭が無駄な働きをしない、人間は常にカルマ(業)カルマに掴まっていいるのである。
たとえば、殆どの人はやることが一定である、散歩も何時も同じ道を歩くのだ、散歩に思考はないのだ、無意識に歩いているに過ぎないのだ。
このような生活をしていると、無意識であるから判断力はなくなるのである。禅は全ての悪癖の習慣を取り去り、頭を白紙に戻し、整理し治すのだ、その為にか過去に記憶したものが思い出すことが出きるのだ。
中学の時に習った英語を喋る事が出きるのである、誠に不思議である、新しく勉強の必要はないのだ、又色々の絵や技術がマネンリ化しないで積み重なるから巧くなり、一流になるのだ。
たった一日四十分するだけで、膨大な記憶の蓄積が役に立てる事が出きるのだ。今の政治家は禅をしていないから、頭が空転している。

インドの学生
インドの生徒が、掛け算の後、嬉々として、瞑想しているのは、数字に捕らわれ為である、排出することは気持ちの良いことである、我慢した時の、小便や排便は楽しい、射精はもっと楽しいのだ。
しかし、禅をしていないから、食べることが快楽と思っている、やがてお釣りが来るのだ。
一日四十分すると、初心者は十分でも二十分でも良いのだ、四十分やると自己の仏(医者)が目覚めるのだ、鼻汁や、咳やクッシャミが出て、未然に病気を防いでくれるのだ、だから医者にかかる必要はない、丹田呼吸は免疫体が強化されるので、風邪も引かなくなる。
簡単な方法は、如何なる座り方でも良い、『南無阿弥陀仏』を繰り返し、繰り返し唱えていると、視姿勢も呼吸も正しくなり、自己の医者がでてくる。
一遍上人の百万遍のお寺は教えである。

獣と座禅
獣は常に丹田呼吸をしている、食後彼等は転がって、呼吸と同時に腹を動かす、腹式呼吸である、獣は仏を持っているのだ。
野生の動物は病気をすることはない、飼い犬は甘いものを食べさすから、病気になるのだ、人間は馬鹿な社会に役にたたない、学問(因数分解)をしたので、しかも強制的にテストで記憶させられたのである。
その為に魂(本能)と右脳もなくなり、左脳だけのカタワになった、皆が無意識人間になって、井の蛙になってしまった、大海も見ることなく亡くなる。大海は幸福の道を教えてくれるのだ。
人間は一生幸福になることはない、これが地獄である。

何故禅を修行するか?
我々は間違った学問したからである、役立たない学問は、理科、科学、高度の数学、出ある。学者の遊びである。
地理や歴史は好きな人が習えば良いのでだ、これも余り役立たない、地理なんか行くときに調べると良いのだ。
医学も必要ない、いまの医学は治らないから、民間療法の法が、より良いのだ、辛子の湿布や、センブリ、ドクダミ等は十分に効くのだ。
生徒は神童である、先生は只の人である、先生が生徒を教えるべきは、逆である。先生も、禅の修行をして、神になって教えるべきである。

禅と記憶
禅は皆さんは、忘れることと思っている、しかし其れは反対だ、記憶したことを思い出すことだ、不立文字、本を読むなといっている、教外別伝とは教えられる必要はない、皆さんは十分に過去に勉強した、だから其れを整理するのだ。
皆さんは高度の数学因数分解や幾何等は一生役に立たないから捨てる、整理して実際に役に立たない部分を切り捨てる。
文部省の遊びである、彼等がそのような馬鹿な学問が出来たので、偉いと思って、無理こむたいに押し込むのだ。
役に立つことをのみを残すのだ、そうすると英語、簡単な数学、工作や絵画その方面に進む人には役に立つのだ。
馬鹿げたかすを捨てると捨てるだけ、整理され進歩するのだ、英語も習ったことを思い出し、直ぐに喋ることが出きるのだ。
動物を見よ、彼等は子供のときにじゃれ合い、又、狩りの訓練をする、その後は腹式呼吸(禅)して、生活していいるのだ。

宮本武蔵、
禅とスポ-ツは一致しているのだ、宮本武蔵も沢庵禅師の教えに従った、彼は練習で強くなったのではないのだ、禅の修行をしたので剣禅一致の心境に至ったのである。
禅の修行をすると、絵画を初め書に至るまで、あらゆる芸術の神髄に到達することができる、私の孫も子供のときに座禅の修行をしたので、理工科系の大学には入り、パソコンを組み立てるのだ。
スポ-ツ選手が懸命にバットを振っているが、こんなのは無駄である。
彼等は基礎が出来ているので、後は座禅を修行する方が余程上達するのだ。

格言
沢庵禅師の教え
   
不動智神妙録
    『無心にて、心にとどめることなく、常に自在なら十人にも負けることはない。』
    上記は沢庵禅師が柳生宗矩に送った文書である。

禅が必要なものは政治家である、禅なくして政治はない,座禅の修行もしないで、政治をするのは、政治に対して冒涜である。
禅の修行をしていたのは、佐藤と中曽根総理である、大した禅でもないがマァマァである、中曽根総理で自分の子供にも禅をやらせてない、其れでも成功したうちである。信念があったら、子供には絶対にやらせている、自信がないのだ。
吉田総理の背後に山本玄峯老師が居られたので、吉田総理も成功したのである。政治で最も大切なのは金ではない、慈悲の心である。
慈悲の心は動物でもないとリ-ダ-に成れないのだ、厳しいものである、今の政治家がのんびりした顔をしているのだ。
責任がないからである、責任感があると、昔なら切腹しているのだ。

武将
昔の武将(施政者)又指導している、武田信玄は快川和尚に、徳川家康は天海僧正に、北条時宗は無学祖元に最近で最も優れた禅者西郷隆盛である、西郷遺訓は素晴らしいものである。
彼は日本のお釈迦さまである。それを思い上がった、岩倉具視が権謀術数で煙たいので殺してしまった。
その罰が日本の国が滅亡に進んでいるのだ、如何に禅者が大切であるか、日本を支えてきたのは、禅である。
人間の頭の中は魂と右脳と左脳があるが、西洋一辺倒で西洋の教育をしたので、魂と右脳が破壊された、左脳だけになった、左脳は女性の特権であるが、男性がこれを失うと男性と国家は密接に結び付いているので、日本丸は羅針盤のない船と同じだ、サルガッソ(船の墓場)に行くだけだ。
禅の良さ
集中力が増すから、熟達すると、米に字を書いたりすることができる、音痴の人でも腹式呼吸で音痴が治るのだ、そして美声になる。
予知力が付くので、考えないで出発しても、ちゃんと電車が来ているし、知りたいことがあると、テレビのスイチ入れるとその場面が出ているのだ、ベトナムに行ったときも私は危険を直感力してその道路には入らなかったが、友人は行ってひったくりにあって、転がり、肋骨を六本折った。
歩いていても、後ろ人の気配を感じるので、便利だ。
株も直感力で買う時は絶対に失敗しないのだ、しかし考えて買うときは余り巧く行かないのだ、直感で買うときは大儲けできるのだ。

行儀作法
特に食事のときである、喋らないで賢明に食べる、一般の人は、食事中に喋ったり、テレビや新聞を見ながら食べる日とが多いのだ、こういう行為をしていると、腹脳がの思考が頭に取られて適食も適量もわからないのだ、食中毒になったり、太るのでる、最も必要なことは感謝の念である。
食事前にごかんのげをとなえる。

五観の偈

一 計功多少 量彼来処 : 功の多少を計り彼(か)の来処(らいしょ)を量(はか)る。

二 忖己德行 全缺應供 : 己が徳行(とくぎょう)の全欠を[と]忖(はか)って供(く)に応ず。

三 防心離過 貪等為宗 : 心を防ぎ過(とが)を離るることは貪等(とんとう)を宗(しゅう)とす。

四 正事良薬 為療形枯 : 正に良薬を事とすることは形枯(ぎょうこ)を療(りょう)ぜんが為なり。

五 為成道業 因受此食 : 成道(じょうどう)の為の故に今この食(じき)を受く。

終わるとお茶注ぎ、沢庵で洗い、其れを飲む、お茶の熱で消毒し、茶碗を片づける、誰にも迷惑をかけることはないのだ。
感謝の念は免疫を強化するのだ、昔、刑務所の囚人を十名集めて、ビタミンの研究者の梅沢博士が脚気の研究する為に、白米を実験のために白米を10日食べさすと、九名が脚気になった。
しかし一人だけならなった、一燈園の西田天香師であった。
梅沢博士が理由聞くと、その人「私は一粒一粒を感謝の念で頂いた」と答えた。

感謝の念持つことは必要だ、特に自分の親不孝は、将来自分を破滅さし、子供、子孫、末代まで、不幸を招くのだ。
小生はお祖父さんが大変に信心深い人で、四時間も仏間があり、そこでお経三昧だった、その為に小生はヨ-ガの先生がされガンで亡くなる人が多かった、なぜ亡くなるか理論的根拠がある。
先祖のお陰で、察知出来て、凄い老師に使えることでできて、開眼すること出来たのである。家族全員てが、幸福である、孫の二人は、弟はたいして勉強しなかったが、優秀な理工科系の大学に入り、兄は今年就職であるが、引っ張りだこで、きてくれと頭を下げる会社まであった。禅の修行している人がいると、七代まで、幸福になるのだ。
小生は祖父に対する感謝、父に対する感謝は忘れたことはないのだ。女房も小生に反抗していたときは、病気であったが、勿論小生の方にも原因があった、禅の強制したからである。
小生に反抗したものはろくなことが起こらないのだ。今は順風満帆だ。

餓鬼と修羅の世界に落ちた人間は二つに分かれる、金に執着して、金ばかり貯めているので、年寄って金が使えることが出来なくなる人、又、メタメタに使う人、没落の人である、私の父は前者で、修理しても、修理の仕方が悪いと、金を払わないでトラブルなったり、電話を長時間かけたと親子喧嘩したりするのだ。
子供の教育は座禅を修行さすことだ、孫は三ヶ月くらいしか、勉強していないので、今年は浪人だ思っていたが、一流の理工科系大学の簡単に入ってしまった。
親は一切口を出さないのだ、小生の親に対する意見で、彼等は無理な勉強していないので、魂と右脳が破壊されていないので、直感力が働くのだ、志望校や試験問題まで予感できるのだ。
学校の勉強は左脳(読み書きソロバンと保身術)だけの勉強である。
魂(本能)と右脳ガ破壊されて、直感力が駄目になって、効果が上がらないのだ、又、親の干渉は子供の直感力や判断力が駄目になる。
子供は神童であるので、一切を任すべきである、任されなかった生徒は自己の仏の防衛のために、親殺しまでする、其処までしないでも、不平不満が一杯で家庭が上手く行く道理がないのだ

家庭で最も幸福の指針になるのは、亭主である、亭主の主張の通らぬ家庭が成り立つ道理がないのだ 。
亭主は大黒柱で、亭主が禅を修行をすると、七代の子孫は恵まれる。一家を救おうと思うと、禅は最も大切なものである。
亭主は船の羅針盤で、これのないのが大半である、日本も同じである、禅は羅針盤を得る修行である。
奥さんには責任がないが、今まで、東郷平八郎や、後藤新平その他、育てた母親は全て無学で亭主の背中を見た、それに従った奥さんである。

小生は日常座臥で禅による正論を言っているのだ、近所の小生が行くマッサ-ジは大繁盛である、小生をした手で他の人をマッサ-ジするから、効く、ここの人は言っている。お客さんこない日は私を呼んでこいといっている、冗談を言っているのだ。
私はだました魚屋さんは先日潰れた、小生が潰したのではない、小生は常に正しい、小生反することは間違った道を歩んでいるからである。
女房も同じだ、反抗して病気になったが、コリコリして反抗を止めたら、病気は治り,今はダンスもしているのだ。
この文見て納得する人は、間違いなく、幸福になるのだ。

人間には魂と本能と右脳と左脳
人間には魂と本能と右脳と左脳を持っているのだ、動物は本能だけである、人間は魂を持っているのである。しかし、動物の生き方の方が正しいかもしれないのだ。
今や人類は滅亡に進んでいるのだ。動物はそうではない。
本能は正しい道を選択する、車でいうとナビケ-タである、禅は本能を開き正しい指針を示すのだ。
昆虫は津波のくるところに絶対に卵を産まない、タイで象は津波を察知して鎖を切って逃げたそうだ。
北海道のアイヌの人は、犬が山に逃げているのを見て、山に逃げて、助かった。
だから神社で狛犬を祭っているのだ。

禅と予知力
禅の修行をしていると本能がよみがえるので、予知がで切るのだ、故に自動車事故に遭う事はない、また運転者も事故は起こす事はないのだ。
私は八十四才であるが、禅の上達と同時に運転は上達している、塚原卜伝や宮本武蔵は年がいくに従って上達している、チ-タ-見た分かる。子供のときにじゃれ合い、狩りの訓練をして、その後は練習なんかしないのだ、今の人間は馬鹿で、練習すると巧くなると思っている。
勝つ技術は集中力あるのだ、食べると体力がつくとも居っているのだ。今の人間は錯覚と、無意識の世界である。

最後に禅の方法である、近所のお寺で教えてくれるのだ、行くと良いのだ。家でやるなら、如何なる座り方でも良い、呼吸もどうでも良いが南無阿弥陀仏を繰り返し繰り返し唱えるのだ、そうすると姿勢も呼吸も正しくなる、自己の仏が出てくるのだ。
南無阿弥陀仏を繰り返し、口癖にして、直ぐにゲタツできるのだ、幸福になるに間違いないのだ、一遍上人の教えだ。
本格的に修行するなら、の接心に行くと良い、一週間であるが、辛いのは三日後は極楽である。
こんな楽しい生活があるのか、井の蛙、やっと首を出して、真の世界がみえるからである。
                                                                          合掌

2013年3月 9日 (土)

最後に

禅と予知力
禅の修行をしていると本能がよみがえるので、予知がで切るのだ、故に自動車事故に遭う事はない、また運転者も事故は起こす事はないのだ。
私は八十四才であるが、禅の上達と同時に運転は上達している、塚原卜伝や宮本武蔵は年がいくに従って上達している、チ-タ-見た分かる。子供のときにじゃれ合い、狩りの訓練をして、その後は練習なんかしないのだ、今の人間は馬鹿で、練習すると巧くなると思っている。
勝つ技術は集中力あるのだ、食べると体力がつくとも居っているのだ。今の人間は錯覚と、無意識の世界である。

最後に禅の方法である、近所のお寺で教えてくれるのだ、行くと良いのだ。家でやるなら、如何なる座り方でも良い、呼吸もどうでも良いが南無阿弥陀仏を繰り返し繰り返し唱えるのだ、そうすると姿勢も呼吸も正しくなる、自己の仏が出てくるのだ。
南無阿弥陀仏を繰り返し、口癖にして、直ぐにゲタツできるのだ、幸福になるに間違いないのだ、一遍上人の教えだ。
本格的に修行するなら、の接心に行くと良い、一週間であるが、辛いのは三日後は極楽である。
こんな楽しい生活があるのか、井の蛙、やっと首を出して、真の世界がみえるからである。

2013年3月 8日 (金)

危険の察知の能力

人間には魂と本能と右脳と左脳
人間には魂と本能と右脳と左脳を持っているのだ、動物は本能だけである、人間は魂を持っているのである。しかし、動物の生き方の方が正しいかもしれないのだ。
今や人類は滅亡に進んでいるのだ。動物はそうではない。
本能は正しい道を選択する、車でいうとナビケ-タである、禅は本能を開き正しい指針を示すのだ。
昆虫は津波のくるところに絶対に卵を産まない、タイで象は津波を察知して鎖を切って逃げたそうだ。
北海道のアイヌの人は、犬が山に逃げているのを見て、山に逃げて、助かった。
            だから神社で狛犬を祭っているのだ。

2013年3月 7日 (木)

正道に反するもの

小生は日常座臥で禅による正論を言っているのだ、近所の小生が行くマッサ-ジは大繁盛である、小生をした手で他の人をマッサ-ジするから、効く、ここの人は言っている。お客さんこない日は私を呼んでこいといっている、冗談を言っているのだ。
私はだました魚屋さんは先日潰れた、小生が潰したのではない、小生は常に正しい、小生反することは間違った道を歩んでいるからである。
女房も同じだ、反抗して病気になったが、コリコリして反抗を止めたら、病気は治り,今はダンスもしているのだ。
この文見て納得する人は、間違いなく、幸福になるのだ。

2013年3月 6日 (水)

亭主と禅

家庭で最も幸福の指針になるのは、亭主である、亭主の主張の通らぬ家庭が成り立つ道理がないのだ 。
亭主は大黒柱で、亭主が禅を修行をすると、七代の子孫は恵まれる。一家を救おうと思うと、禅は最も大切なものである。
亭主は船の羅針盤で、これのないのが大半である、日本も同じである、禅は羅針盤を得る修行である。
奥さんには責任がないが、今まで、東郷平八郎や、後藤新平その他、育てた母親は全て無学で亭主の背中を見た、それに従った奥さんである。

2013年3月 5日 (火)

勉強と頭の破壊

餓鬼と修羅の世界に落ちた人間は二つに分かれる、金に執着して、金ばかり貯めているので、年寄って金が使えることが出来なくなる人、又、メタメタに使う人、没落の人である、私の父は前者で、修理しても、修理の仕方が悪いと、金を払わないでトラブルなったり、電話を長時間かけたと親子喧嘩したりするのだ。
子供の教育は座禅を修行さすことだ、孫は三ヶ月くらいしか、勉強していないので、今年は浪人だ思っていたが、一流の理工科系大学の簡単に入ってしまった。
親は一切口を出さないのだ、小生の親に対する意見で、彼等は無理な勉強していないので、魂と右脳が破壊されていないので、直感力が働くのだ、志望校や試験問題まで予感できるのだ。
学校の勉強は左脳(読み書きソロバンと保身術)だけの勉強である。
魂(本能)と右脳ガ破壊されて、直感力が駄目になって、効果が上がらないのだ、又、親の干渉は子供の直感力や判断力が駄目になる。
子供は神童であるので、一切を任すべきである、任されなかった生徒は自己の仏の防衛のために、親殺しまでする、其処までしないでも、不平不満が一杯で家庭が上手く行く道理がないのだ

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