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経済・政治・国際

2016年11月 4日 (金)

 政治

憲法の廃止

 第一番に考えませんと、いけないことは、日本を束縛している憲法です、アメリカの阿呆に押しつけられた幼稚な憲法です。

 西欧の未熟児人間の考えたものには、ろくなものはないのだ、憲法に呪縛された日本丸は、羅針盤がない船で、サルガッソ(船の墓場)に一直線です。

 この憲法は一刻も早く放棄して、自由な発想が必要です。そもそも憲法は必要ないのだ、明治以前とありませんが、日本は政治的混乱はありませんでした。

西洋人には憲法は必要である、彼等に良心というものは存在していない、東洋人とは発想が違うのです、彼等勝てば官軍である。

ケネディ暗殺はジョンソンが経済の停滞を恐れた結果です、彼等野蛮人は、遊びで、バッファロ-殺し、取り締まる法律が必要であった。

彼等は犯罪が勝ち負けで負けるか勝である。

人質事件が五百万件あるのである、

 

続く

憲法

憲法はないとなぜよいか?第一にないときの方が良かった、江戸時代である。

憲法に限らず、選挙や議会制度ない方が良いのだ。

日本人には良心的呵責ガあるのだ、罪を犯したときに潜在意識の中で自分を罰するである。

日本に馬鹿げた憲法があると、平和憲法は始めから戦わずして手を挙げているのと同じである。

日本人のように、他国には良心的呵責はない。

日本が憲法捨て、アメリカの傘下出ることである。

天皇制の復活を目指すと、但し、天皇はその背後に明治天皇のように山岡鉄舟の様な、禅の指導者が必要である。

統率者は必ず禅が必要である。

武田信玄と快川和尚・徳川家康と天海僧正等である。

何人か責任のある指導者を国民が探し出すことである。

今の制度では、責任者もない、所謂野合の衆である。

そして徴兵制度取ると、世界は日本を今のように軽蔑することはない、無言の圧力である。

間違いなく、外交も巧くいく、日本人は賢明であるので、一度正しいこと知ったら、全員が行動するだろう。バンザイ。

 

2012年10月15日 (月)

経済総論

    経営者はこのブログを良く読んでくれ
    経済について
    競争
    今の日本の経営者は全く無茶苦茶である、アメリカの真似をして、経済競争にと明け暮れて、互いに競争して、戦争が仕事と思っている、同じ戦争でも、経済戦争も苦しいのは同じである。
    安売りで相手を征服しょうとしている、その考えは本来の日本人の考えではないのだ。
    今の経営者の頭は、読み書きソロバンと保身(出世)以外はないので、経営に偏りできる。
    魂も右脳もないから、真の健全な仕事は出来ない、経営は魂と右脳持った経営者であるべきである。
    魂と右脳を持った経営者は常に将来のことを見通し、餓鬼と修羅の世界に入る事はないのだ。
    この地獄に入った経営者は、自己保身と数のこと以外を思考しないのだ。悪魔が経営するのだ。
   
    多角経営
    他の会社の商品を真似して作り、魂(商道徳)や右脳で判断し、商売の分野の住み分けが必要である、全ての動物はテリトリ-と住み分けで生きている。
    裏特許を作り、特許を侵害し、競争の世界に落ち、キチガイのように相手を倒そうとしている。
    誠にイジマしい限りの精神の経営者で、経営者に品格がない、近江商人は『売り手良し、買い手良し、相手良し』、その品格のあること、近江商人の歩いた後は草も生えないということは、ひがみである。
    『安売り合戦は、安物の買の銭失い、』という格言通りである、食べ物でも、安物は不味いと思われる。
    食品以外の価格競争は結局に客に損をかけている事が理解できないのだ。競争に負け、やっと目が覚めた企業は、次第に単品生産に切り換え、独特の優秀な製品を作る方向に行っている、次第に動物と同じく、企業も住み分けが必要になっているのである。
   
    経団連
    経団連のお偉方ガでてきて、彼等は原子力発電についてやめるとは以ての外というが、百年後のことを考えているのか?
    幼稚な頭だ、今や危険なことを一切やめないと、日本は真っ先に駄目になる、原子力発電や農薬等はまた、間違っている全てのことは最も危険なものである。
    人類が最も幸福になる道は、それはお釈迦さまの説かれたように自然に帰る事である、経団連の馬鹿は金儲けに真剣で、国民の事は考えてない、将来日本人に害になることは一切やめるべきである。疑わしいものは罰し、一切やめるべきである。
    原子力発電のアメリカの売り込みにのるな、日本は自主制を保つべき、経団連は物を売ることだけを考えている、彼等は魂と右脳もない、カタハである。物は現在一杯である、どうしても必要なものは、食料品以外はないのだ、だから幾らでも辛抱できるのでだ。
   
   
    若者の思考
    若い者も年寄りも次第に安売り合戦は、『安物の買の銭失い、』の格言通りである事を知ったのである。
    昔は最高級品を買い、その着物や道具を常に着て完全に破損するまで使い、最後は雑巾にする、その行為が、真の贅沢で、心の豊かさを表している。
    また、良いものを着ていると、常に汚さないように、気を遣い、安物を無意識で使う、そのような事している無意識の生活から出ることができなり、老化が早くなる、今の若い人は、賢明である高くても価値のない、ブランド品は余り買わなくなった。
    昔から言う『安物買いの銭失い』金持ちになると、安物は直ぐに飽きる、捨ててしまう、誠に無駄である。
   
    安売り
    安いものを作る会社は、経済が未発達で、商品が少ない国でする事業である、十分に金を持ちで、贅沢品を求めている国の企業が生産する商品ではない、今は高価で品質が高い商品を作るべきで、安売り競争は他の商品の邪魔をして、他国まで不景気にする。
    競争の為に、賃金は安くなり、高い賃金を求めて、従業員は探し、自国の為にならないのだ、自国は失業が増えて、ニッチもサッチも行かなくなる。
    昔ポ-ラ化粧品会社は、戦後間もない時期であるが、彼の会社は訪問販売をして、十分に説明し、売ったので、三千円『今なら一万円』売られていたが、よく売れた。
    大きかったクラブ化粧品は多角経営をして、多種類商品の安売り競争し、経費倒れになり、又、莫大な広告費を遣い販売し、そのあげく潰れてしまった。
   
    給与と販売合戦
    従業員の給与は高いと物を買うわけではない、今の政府の金融政策は公共投資で、政府が金を出すと、国民に十分に金が豊富になると間違った政策である。
    政治家も経団連も、経済の発展している時の経済政策しか、理解していない、衰退期に入った時はどうして良いのか理解出来ないのである。衰退期に入ると以前と全く違った政策が必要になるが、そのような事は全然思いつかないのである。
    政府が金を出すと、物が売れると、短絡的な発想しているが、買う商品がないから、貯蓄に回る。
    しかし、預けられた預金は、投資先がないので、住宅ロ-ンで貸し出す、銀行自身は政府と結託しているので、回収不能のときは、個人の責任を追求し取り立て、自殺者を増やしている。
    政府は国民の事を真に考えているのか、アメリカは銀行が責任をとる。この点については、アメリカを見習うべきである。
    今は経済成長の時代ではなく、縮小の生産が必要な時期である、その事実を、政府と企業は理解し、高価な製品を作り販売するのだ。
   
    マ-ケット・リサ-チ
    日本の企業も商人も、もっと外国に売るなら、外国市場のマ-ケット・リサ-チを十分すべきである。外人が如何なるものを望んでいるか、日本の製品に対する、価値観もっと研究すべきである。
    マ-ケットリサ-チに経費を使うのは最も良い方法である。外人は日本の商品の優れていることをよく知っている。
    少々高くても欲しいから買う外人が多い、戦争で誇り失った日本人は、自分の商品に自信がないのだ。
    甲州陰伝は財布や鞄は最高の芸術品である。しかし永久に痛むこともないのだ。甲州陰伝の件は一例であるが、外国に持って行って、よく説明をして、「いくらなら買うと聞き適格なる値段を決めるとよいのだ。外国人が外国のブランド品の財布と比較すると適正な商品の値段が分かるのだ。
    外人なら甲州陰伝の財布を三十万円、また、それ以上でも買うと思う、この製品は単なる商品ではない、芸術品である。
    彼等は見る目があり買い物上手である、価値のあるものは、高価な値段で買う、持っていても高価なものは、永久に使えるから、財産となるのだ、自分も裕福になり、他人もウラヤムのだ。
    ヨット会社が、木の自転車を、作って、ドイツで売った、二百七十万『ユ-ロ換算』で売れた。
    彼らの評価は、日本のこの自転車は軽く、長期に亘って使える。彼等は高価なの物を何代も使うので、資産価値になっている。
    価値ある商品があるのに、日本人は高価なもの買う勇気がないのだ。、日本人の貧乏性である。良い商品は使っている間に愛着が湧いてくる、その心を外人はよく知っているのだ。
   
    ブランド
    ブランドのベンツは衝突防止の機械も、短波で片目であるが、レガシ-は両目である見ているのでより安全であるが、値段も10万である、ベンツは50万である。
    ベンツの車は約600万だ、しかしレガシ-約350万である。レガシ-は性能的にもベンツに劣るものではない、上回っている部分もある。
    全く主客転倒だ。日本人は安く売るのが、ベストと思っている。田舎者も良いところだ。最後は安物の戦いに負けたのである。
    日本の国内の安売りで、給与も停滞して、電気関係のノウハウは全て他国に持っていかれたのである。誠に馬鹿な話である。
    日本の商品のブランド化すべきで、宣伝やマ-ケットリサ-チの不足と、思考の程度の浅さである。だから日本の車は、何時までたってもブランド化出来ない、日本の企業はもっと経営戦略を研究すべきで、日本の経営者は『井の蛙大海を知らず』である。
    日本独自のものに力を入れるべきである、携帯電話にカメラをつけただから競争を止めて、ブランドにすると良いのだ、観光もそうである、日本の観光は高価なもので良い、私は外国は70回以上行ったが、日本ほど美しい国はないのだ。中国人は南極観光に700万も払っているのだ、日本なら1000万でも来るのだ。
   
   
    ブランド化
    日本人はブランド化する方法を知らないのだ。政府も経営者もっと経営戦略を勉強すべきである。
    円安なんか心配はいらないで、堂々と高い値段を付ければ良い商売が出来て、世界も、安売り競争の相手が減って、喜んでいる。日本人は上等舶来の思想が抜けないのだ。
   
    今やっている商売は不安定な大阪の商売だ。京都の先進的商売ではないのだ
   
    京都商売 1
    京都や丹波のように、京都の商品全体をブランド化したら良いのだ、今は京都商品はブランド化されている、今は京都の商品は高くても、誰もが納得して買うのである。
    京都の商売人の家訓『堅実こそ最良なり、力以上に作り、売ろうとする為に苦労するのは、利をなくする最大原因なり、常に心すること』、
    暖簾は財産である。家業を引き継いだ二代目が、忙しいので残業をして、また徹夜までして仕事をしていると、先代の社長が、かんかんになり怒り、二代目の社長は叱られた、「従業員には家族もあり、楽しみも、また健康にも悪い、数を沢山作れば良いという物ではない」とのことで、少なくて、良い商品は価値があるのだ、沢山作ると粗製濫造になり易くなるのだ、それこそ暖簾を大事にして、客と結びついて、自分の商品を大切にしているのだ。
   
    京都商売 2
    私は鞍馬の昆布を時々注文をしているのだ、『かどや』さんであるが、北陸の災害のときに、五千円程度の昆布のお見舞いを送ってくれた。
    京都の商売人は客は家族並みである、このような行為が、自然に行われる。小生は全く感激して、一生注文することは間違いがないのだ。
    一休の大徳寺納豆もそうである、精進料理を食べに言った時であるが、犬を車においてきたというと、早速畳の部屋に犬を上げて、一緒に食事をした、女将さんと喋りあって、一緒に食事をした。誠に楽しかった。常に京都の商売人は客は家族並み、お客様は友達である。
   
    京都商売 3
    京都の商売は、ブランド商品の、普及である、第一老舗であるが、何故老舗になったかというと、彼等は銀行から金を借りて商売する事はしない無借金だ。
    儲けた金を投資して、次第に大きくしてい最も合理的な方法である、金銭的に困ることなく安全で何代も続くのである、その精神は他人を頼らず、また、他人に迷惑をかけることもないのだ。
    彼等は最高の高級品を作り、販売しているのだ、商品は長年かかってブランド化した。信頼がおける暖簾が商売の根源である。
    京都のブランド品は、外国の流行の、軽率な商品ではないのだ、確りと大地を踏みしめたものである。京野菜、九条ネギ、丹波栗、丹波の黒豆、その他の菓子、上品で美味く、また食べ方まで指導している、主人も客が楽しんで食べるのを見て、喜びと感謝する。
    また、芸術的な菓子造りが楽しみであるのだ、京都の商売の凄さである、京都ブランドは全ての商品であるが、日々の修行時代の努力は大変なの物である。
    過剰に造る必要もない、京都のせんべい屋で五百枚以上は絶対に焼かない、だから直ぐに売り切れるのだ。
   
    教育
    義務教育は記憶するだけで、判断力がないので、読み書きソロバンと保身であるから、何が貴重であるかの判断が出来ない。商売の駆け引きの判断以外は出来ない一種のカタワで、真の教育が社会と結び付いていると、このような間違いは起こらない。教育者も教育の実態は夢現である、指針がないのだ、そのような人が教育を行っているのだ。
    大学でケインズの経済学を習うと、全てを鵜呑みにして、それにたいして判断力はないのだ、その為にケインズの経済学は、発展途上の国の経済に対する方法である。
    爛熟して経済に対してなんらの役に立たないのである、そしてその結果財政が駄目になり、一切の政策が打てなくなるのである。
    誠に馬鹿げた話である、物があふれているのに、如何に金を出しても、食べ物以外に買う物はないのだ、これに対する政策がない、その点は西洋文化に属する人間は対策が出来ているのである。
   
    給与
    給与は高いとは、良いとは限らないのだ、給与が安いと、買う機会が少ないので高い商品を求める高給のときよりも、無駄遣いを止め、慎重に使うし、ロ-ンも止めるのである。
    ロ-ンは銀行の利益だけである、初めに楽をすると後から苦しむのだ。自分の努力で家を作ったという快楽はないのだ。
    給与が安くとも、会社は長期の休暇を取れる権利を与え、高額の退職金と定年制の自由を与えるのである。
    退職後の年金を高額にして、終身とする。バカンスで使う金は、安い賃金では賄えないときは、前借しの制度を取るとり、海外旅行を奨励すると良いのだ。また知識を得ることが多いので、研修旅行として、年二回くらいは、会社で金を出しても良いのだ。
    このような方針を採用試験のときに十分に説明すると良い、受験者は慈悲深い会社と思う。折角高い給与とっても残業、残業では遊ぶ時間もないので、金が使えてないのだ、ストレスから無駄遣いするだけである。
   
    談合
      カルテル最も必要なものである、談合によって価格を決める、最も合理的な方法である、今までは消費者は安売りで、企業の恩恵を受けてきた。
    これからは企業を儲けさせて上げるとよい、この行為は相互い身である。経済が良くなると、一般の人も必ず良くなる。
    風呂屋の隣に風呂屋を作る愚をすると潰れる、この様なことは、政府で規制すべきである。
    この時は談合が必要である。談合は必要悪である。江戸時代は、虫の販売が盛んで次から次に出来るので、生活が出来るまでの数の制限をしたのである。
    談合は話し合いである。話し合いのないのは企業の首を絞めるものだ。楽しくやるべきである。カルテルやトラストは物が売れなくなると、行うべきではないのだ。
   
    政府の経済
    この様な従業員対策を企業がとると、休暇が長いので、暇が出来て、長期旅行して金を使うから、滞っていた、かねの流れも、順調になるのだ。
    経営も儲かるようになる。四方三方が巧く行くのだ、商売は慈悲の心である。
    今は政治家の中に聖者が出るべきである、そして企業コントロ-ルすべきである、今と修正資本主義の時代にってなっているのだ、今最も必要な事は、西郷隆盛や後藤新平のような偉大な政治家がでないと日本は駄目になるのだ。
    談合は必要悪である、職人さんに聞いたが、それがなかったら、利益はないと、結局は必要悪である、カルテルとかトラストは暴利を企業が得られないように生まれたものである。
    しかし諸行無常である、今の政府は自己のことばかりしていて、其処まで目が行かないのである、この政府がないのと同じである。
   
    修羅の世界
    今は商売ではないのだ、競争々々の世界である、相手を倒し、自分のところだけは助かりたいということであるが、一時はこのような修羅の世界は巧く行ったとしても、一時だけのことである。
    JALがやっと建て直ったというのに、京城までの旅客賃、九百円で行ける、飛行機が出て来て、又、まだ会社が潰れることになるのだ、その度に従業員を止めさすことになるのだ。
    政府は安ければ、国民は喜ぶと思っている。
    実際は国民も企業もその競争相手も、全てが良くないと駄目である、これをコントロ-ルするのが政治の。力である
   
    安売りは
    結局は安売りは(戦争)犯罪ということで、経済が諸行は無情であり、経営者は絶えず変化しているということに気が付いていないのである。
    今の経済は国民はたらふく食べて、ダイエットが必要である。しかし物が必要がないのに生産力を強化しているのである。それは時代の流れに逆行しているのである。
    政府の経済政策は常に間違っているのである。経済でも人間でも、坂道を上がって頂上に達すると、もうどうして良いかて良いか分からないのだ。
    ケインズの経済学の様に間違った経済理論を信奉しているからである。間違いの上に正論が出来る道理がないのだ。
   
    近江商人。
    近江商人の歩いた後は草も生えてないと言われたが、実際はそうではないのだ、彼等は、売り手良し、買い手良し、相手良しと言っている。
    又、京都の商人も素晴らしいのだ、彼等は決してガメツイコトはないのだ、如何に客に喜んでもらうかと言うことを考えているのだ、良い菓子を、漬け物を、料理をと言う思考になって行くのである。
    彼等は自分の商売の拡張のみ計っているのではないのだ、だから店は儲かって初めて拡張するのだ。東京でも徳島でも見たが、親子の代が変わるとトタンに店を拡張して、折角美味かった、料理を不味くするのが落ちで最後は理解して、元に戻るのであるが、馬鹿なことをしているが多いのである。
   
    終わり
   

2012年10月14日 (日)

近江商人。

   

    近江商人の歩いた後は草も生えてないと言われたが、実際はそうではないのだ、彼等は、売り手良し、買い手良し、相手良しと言っている。
    又、京都の商人も素晴らしいのだ、彼等は決してガメツイコトはないのだ、如何に客に喜んでもらうかと言うことを考えているのだ、良い菓子を、漬け物を、料理をと言う思考になって行くのである。
    彼等は自分の商売の拡張のみ計っているのではないのだ、だから店は儲かって初めて拡張するのだ。東京でも徳島でも見たが、親子の代が変わるとトタンに店を拡張して、折角美味かった、料理を不味くするのが落ちで最後は理解して、元に戻るのであるが、馬鹿なことをしているが多いのである。
   
    終わり

2012年10月13日 (土)

安売りは

   

    結局は安売りは(戦争)犯罪ということで、経済が諸行は無情であり、経営者は絶えず変化しているということに気が付いていないのである。
    今の経済は国民はたらふく食べて、ダイエットが必要である。しかし物が必要がないのに生産力を強化しているのである。それは時代の流れに逆行しているのである。
    政府の経済政策は常に間違っているのである。経済でも人間でも、坂道を上がって頂上に達すると、もうどうして良いかて良いか分からないのだ。
    ケインズの経済学の様に間違った経済理論を信奉しているからである。間違いの上に正論が出来る道理がないのだ。

2012年10月12日 (金)

修羅の世界

   

    今は商売ではないのだ、競争々々の世界である、相手を倒し、自分のところだけは助かりたいということであるが、一時はこのような修羅の世界は巧く行ったとしても、一時だけのことである。
    JALがやっと建て直ったというのに、韓国の京城までの旅客賃、九百円で行ける、飛行機が出て来て又潰れることになるのだ、その度に従業員を止めさすことになるのだ。だから修正資本主義には談合が必要悪である。
    政府は安ければ、国民は喜ぶと思っているが、相対的に見たら損をしているのてある。
    実際は国民も企業もその競争相手も、全てが良くないと駄目である、これをコントロ-ルするのが政治の力である
   

2012年10月10日 (水)

政府の経済

    この様な従業員対策を企業がとると、休暇が長いので、暇が出来て、長期旅行して金を使うから、滞っていた、かねの流れも、順調になるのだ。
    経営も儲かるようになる。四方三方が巧く行くのだ、商売は慈悲の心である。
    今は政治家の中に聖者が出るべきである、そして企業コントロ-ルすべきである、今と修正資本主義の時代にってなっているのだ、今最も必要な事は、西郷隆盛や後藤新平のような偉大な政治家がでないと日本は駄目になるのだ。
    談合は必要悪である、職人さんに聞いたが、それがなかったら、利益はないと、結局は必要悪である、カルテルとかトラストは暴利を企業が得られないように生まれたものである。
    しかし諸行無常である、今の政府は自己のことばかりしていて、其処まで目が行かないのである、この政府がないのと同じである。

2012年10月 9日 (火)

政府の経済

    この様な政策を企業がとると、休暇が長いので、暇が出来て、長期旅行して金を使うから、滞っていた、かねの流れも、順調になるのだ。
    経営も儲かるようになる。四方三方が巧く行くのだ、商売は慈悲の心である。
    今は政治家の中に聖者が出るべきである、そして企業コントロ-ルすべきである、今と修正資本主義の時代にってなっているのだ、今最も必要な事は、西郷隆盛や後藤新平のような偉大な政治家がでないと日本は駄目になるのだ。
    談合は必要悪である、職人さんに聞いたが、それがなかったら、利益はないと、必要悪である、カルテルとかトラストは暴利を企業が得られないように生まれたものである、しかし諸行は無情である、今の政府は自己のことばかりしていて、其処まで目が行かないのである、この政府がないのと同じである。

2012年10月 8日 (月)

談合

   

      カルテル最も必要なものである、談合によって価格を決める、最も合理的な方法である、今までは消費者は安売りで、企業の恩恵を受けてきた。
    これからは企業を儲けさせて上げるとよい、この行為は相互い身である。経済が良くなると、一般の人も必ず良くなる。
    風呂屋の隣に風呂屋を作る愚をすると潰れる、この様なことは、政府で規制すべきである。
    この時は談合が必要である。談合は必要悪である。江戸時代は、虫の販売が盛んで次から次に出来るので、生活が出来るまでの数の制限をしたのである。
    談合は話し合いである。話し合いのないのは企業の首を絞めるものだ。楽しくやるべきである。カルテルやトラストは物が売れなくなると、行うべきではないのだ。
   

2012年10月 7日 (日)

給与

   

    給与は高いとは、良いとは限らないのだ、給与が安いと、買う機会が少ないので高い商品を求める高給のときよりも、無駄遣いを止め、慎重に使うし、ロ-ンも止めるのである。
    ロ-ンは銀行の利益だけである、初めに楽をすると後から苦しむのだ。自分の努力で家を作ったという快楽はないのだ。
    給与が安くとも、会社は長期の休暇を取れる権利を与え、高額の退職金と定年制の自由を与えるのである。
    退職後の年金を高額にして、終身とする。バカンスで使う金は、安い賃金では賄えないときは、前借しの制度を取るとり、海外旅行を奨励すると良いのだ。また知識を得ることが多いので、研修旅行として、年二回くらいは、会社で金を出しても良いのだ。
    このような方針を採用試験のときに十分に説明すると良い、受験者は慈悲深い会社と思う。折角高い給与とっても残業、残業では遊ぶ時間もないので、金が使えてないのだ、ストレスから無駄遣いするだけである。

2012年10月 6日 (土)

大学教育

    義務教育は記憶するだけで、判断力がないので、読み書きソロバンと保身であるから、何が貴重であるかの判断が出来ない。商売の駆け引きの判断以外は出来ない一種のカタワで、真の教育が社会と結び付いていると、このような間違いは起こらない。教育者も教育の実態は夢現である、指針がないのだ、そのような人が教育を行っているのだ。
    大学でケインズの経済学を習うと、全てを鵜呑みにして、それにたいして判断力はないのだ、その為にケインズの経済学は、発展途上の国の経済に対する方法である。
    爛熟して経済に対してなんらの役に立たないのである、そしてその結果財政が駄目になり、一切の政策が打てなくなるのである。
    誠に馬鹿げた話である、物があふれているのに、如何に金を出しても、食べ物以外に買う物はないのだ、これに対する政策がない、その点は西洋文化に属する人間は対策が出来ているのである。

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