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2015年7月28日 (火)

総論 地獄

                            教育の真実
お釈迦さまの教え
真の教育
    真の教育とは、お釈迦さまは如何なる勉強されたか?、単なる推察に過ぎないが、全てが自己の思考である、『読み書きソロバン』一切が、その根拠に、ある金持ちが、お釈迦さまに質問した、「私は沢山のお金を持ちました、如何したらよいか? 」
   
万人の想像
    殆どの人が、欲を捨てて、万人のために使いなさいと、しかしお釈迦さまの教え「自分のために使いなさい、それでも余ったら、利子のあるところに貸しなさい、老後の生活を完全にしなさいと」
    「それでも残ったら初めて寄付をしなさい」と、小生もこの教えにビックリしましたが、如何にお釈迦さまの教えは現実に則しているか、この中に含まれている教えは、自立心である。
   
  お釈迦さま
    お釈迦さまは自己の判断だけの自分で創られた、自己の思考上で出来た学問である。
    全ての事が机上の空論ではないのだ。あるがままに現実を見て行った場合、無駄のない真実の学問が得ることが出来たのだ。これこそ真の学問だ、社会に役に立たないのは、学問ではないのだ。
   
                            無駄な教育
学校教育
    馬鹿げた、学校教育の為に(高等数学・哲学)生活に役だだないものを勉強することは、本能と右脳を破壊して、左脳『読み書きそろばんと保身』だけになり、本能(自己判断力・正しい行動)を喪失する。沢山の記憶は頭の整理が出来なくなり、記憶の出し入れが出来ないのだ。
    もう一度子供の時と同じに、左脳(高等数学・哲学)の働きが全てでないことを知り、本能や右脳を取り戻し、頭の整理をすることである。
   
  学問した人間は
    下手な勉強したために、日本人全体が禅の修行が必要になる、誠に困ったことである。左脳だけだと、あるがままの真実が見えなくなる。
    心が、かすんでいるので、余程修行しないと、子供に戻ることは出来ないのだ。動物になりたいくらいだ。
    最も簡単なことは、間違った学問を止めて、子供の頃から学習に禅を取り入れることであるインドのように、インドは今やIT産業の最先端である。

   
                            左脳の世界
本能の喪失
    本能(正しい道)と右脳(正しい行動)を失った、人間は、迷いの国、即ち地獄に落ちたのである、始めから学習の必要が生じた、誠に無駄な事である。
    現代の教育は間違っている、ところが困ったことに、本能という指針がないのだ、その為にそれを除外して、正しい道を歩くことは難しいのである。
   
  正しい道の選択
    正しい道が選択できないので、左脳を働かし、行動をしょうとする、全く不可能である。間違いだらけの道を歩くことになる。
   
  地獄とは
    餓鬼地獄である、この場合は餓鬼(食料のない地獄ではない)無限に近く食べる地獄である、腹が満腹になっても、まだ食している世界で、全く満腹を感じない世界である。
   
  量
    握り拳大の胃が大きくなり、ペット・ボトル二本分の大きさになる。胃が重くなり、丈夫な人間も、胃の重量には、左腰が耐える事が出来なくなり、腰か左に下がる、その影響で、背骨が歪み、耐えられなくなる。
背骨の歪み
    病気の原因は、背骨の歪んだ場所から病気が起こるので、胸椎の二番は胃系統(胃潰瘍)、胸椎の一番と腰椎の五番は呼吸器の系統(喘息) 首椎の上は、頭脳系統(耳・鼻・目)の病気である。
   
地獄への道人は
  餓鬼
    先ず、餓鬼の地獄に落ちると、病気になり、人に迷惑をかけ、自分は苦しんで死ぬ、自己の医者(本能)がないからである。呑気に構えていると、突然来るのだ、一切の幸福はなくなり、
    自然に従えば自己の医者が治してくれるのであるが、知識や自分以外の医者に頼ろうとするから、間違いをするのだ。 今は感じないが、年と共にひどくなるのだ。
   
  修羅
    この世界は戦いの世界である、その為に個人的には人を恨み、妬み、自分の心を抑制することが出来ないのだ、年とともにひどくなり、金に執着し、金を得る為に、人と戦うのだ、本能を失しているので儲かることはない、結局は損をするだけで、その金は持つだけて、使うことを出来ないで死ぬ、正に地獄だ。
    自己の医者がないので、医者の指示で、夢遊病者の如く歩き、無駄な散歩をしている、地獄への道を捜しているのだ。幸福は一つもない、将来幸福になると錯覚しているだけだ。
   
  救いの道は
    一心に禅の修行をする以外はないのだ、誠に気の毒だ、しかし、禅の修行をして、一切の学問を捨て十才以下の子供に戻るときに、初めて、真の幸福が得ることが出来るのだ。
    今は禅も夕食を食べる、以前の様に懐石にし、腹を温めるだけにすべきである。
    禅は簡単だ、自己流でもよいのだ、只座って、南無阿弥陀仏と唱えていると、自然に姿勢も良くなり、呼吸も整うのだ。誠に簡単だ。そして皆様は必ず、動物のように幸福になるのだ。
   
    過食ほど恐ろしい、罪はないのだ、正に地獄である。
   
南無阿弥陀仏
    南無阿弥陀仏こそ真の助けである、常時唱えると、必ず、解脱できるのだ。無神論者は全く、気の毒である。
                                                                          合掌

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