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2015年1月19日 (月)

在家と禅

                                    禅と瞑想
瞑想
            瞑想は全然別のものだったか、瞑想は死後の業の輪廻を立つものだったが、その後色々の流派が生まれて、日本流にも改善されている。
            禅は剣禅一致、剣の構えだが、直ぐにあらゆる事に対処できる、変幻自在という事だ。
            

            禅を習得すると、あらゆる事に対処出来る、車の運転が上手くなり、文書や習字、剣の道を修行している人は練習しなくとも、剣が上手くなる、年とともに、何故なら、体力で戦うのではなく、気力で戦う、塚原卜伝や宮本武蔵は剣の修行より、禅の修行した柳生宗矩も沢庵禅師の指導を受けている。
 
  沢庵禅師の教え
      不動智神妙録
             『無心にて、心にとどめることなく、常に自在なら十人にも負けることはない。』
             上記は沢庵禅師が柳生宗矩に送った文書である。
            禅は変幻自在である。
            
  在家禅について
             最も難しいのは、無心になるということである、数息観・端息観も中々難しいものだ。
            小生が勧めるのは、座り方いかようでも結構であるが、南無阿弥陀仏を十回唱える、姿勢も呼吸も正しくなるのである。
            
      自観
            その後、自分が何を考えているかを観察すると、人間は二つの事を同時に思考できないから、あっと言う間に無心になる、この方法を繰り返し行なうと習慣になり、無になる。
            
      増長慢
            三年くらいすると、増長慢になる、これは恐ろしいのだ、これで失敗する人は多いのだ、全ての物事を入れる、態勢が整っていたのに、自分が完成されたと、錯覚して、一切を受け入れなくなる。
            
      公案
            三年修行すると、公案『隻手の音』片手で、拍手すると如何なる音が出るか?、
            又、犬に仏ありや?等であるかを懸命に思考すると。これが解けると解脱であり、ありのまま生きる事が出来るのである。
            
      無心の効果
            白隠禅師の『自己本来仏なり』ということは、医者もその中に居るという事である。気『エネルギ-』が病気の局所にいって、自然治療で治すという事である。実に不思議である。
本格的修行
            誠に結構ですが、又、禅堂で修行すると、気分もすがすがしくなり、又、老師の気『エネルギ-』を受けるので、間違いなく幸福になる。
            しかし、人間も動物も本来、無が自然であるから、在家でも十分に役に立つのだ時間は四十分が普通であるか、二十分でも結構である、中味が問題だ。

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