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2014年12月28日 (日)

ぼろ着の憲法

憲法の破棄
憲法は必要がないのだ、結局は持て余すだけである、憲法ない時代の方が巧く行っていたのだ。あるとしても簡単な物であるべきだ。
憲法があると、自由がなくなり、憲法に執着し、進歩がなるなる。日本の様に災害が起こっても犯罪が起こらない国は、必要がないのだ。
アメリカのように人質事件が年に五十万件もある国には必要である、日本人と違って此処の人間に憲法(公徳心)がないのだ。

憲法の不備
今や第九条を持て余しているのだ、その為に憲法違反は逐条解釈でメタメタになっている、其の他のことで政府は憲法違反は平気である、しかし一般の人が犯すと、犯罪になるのだ。

民主主義
人民のための、人民による、人民の
この政治は、単なる砂上の楼閣である、夢の又夢である、しかし日本の江戸時代の様に一人々々が、憲法に代わるべき、魂(本能)と右脳(知恵)を持っていたら別である。
しかし日本人にも優れた統率者はいる。
所詮アメリカは夢想国である、歴史が浅いので、真の憲法に対する理解はないのである。精神文明はない餓鬼と修羅の世界である。

選挙
全く馬鹿げた、茶番である、どこの馬の骨をするか分からないのだ、選挙というものはせいぜい五十名程度の知り合いが集まりするものである。大風呂敷ではどうにもならないのだ。小学校ですると良いのだ。

議会政治
議会政治は無責任態勢である、誰も責任をとる人もなし、何時も小田原評定である、誠に困ったことである、やっていることは、常に日本のためより、党利党略である。
代議士が確りした、思考をがないからである。彼らは政治以前に今彼らのは正道を求めているのだ。

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