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2012年11月14日 (水)

日本の行くべき道 総集編

      

    この文に対する批判ではない、全ての文が今や砂上の楼閣であるということを言いたいのである、この文は今までやって来たことは全てが駄目であったということは、全てが間違っていたということである、だからそれと正反対のことをすると言う必要があるのだ。
   
    日本の行くべき道は
    放棄
    日本の行くべき道は、断捨離である、これだけ混迷した社会では、救いはないのだ、今やっている政治は砂上の楼閣で、腐った壁に泥を塗っている。このようで状態では、何時までも同じ状態である、思い切って日本の政治を白紙の状態に日本を戻すべきある。
   
    今の政治家の頭
    今の政治は曲がった学問で、頭がカタワになったのである、『灯台下暗し』である、人間は多数の知識を無理に押しつけられると、頭が百科辞典になり、魂(公徳心)と右脳(行動力)もない人間になる。
    最古に残ったのは、左脳(読み書きソロバンと自己と保身)以外になにもないのだ、今の政治家の討論は数字に関するものであ利、また、自己保身か党利党略である、かれらの言動は、地盤、看板選挙に関連した物ばかりである、魂と右脳もない、人間が対等の外交ができることもないしまた、政治もできないのだ。
    一つも国民のためになることはないのだ、自分のためか、アメリカのためである。
   
    憲法
    アメリカに押しつけられた形骸たる憲法は、厄介もので、日本を今やこの憲法は不要になっていることに、気づくべきである。
    一度この憲法馬鹿げた憲法を放棄して、憲法自体をなくするか、この憲法は常識内のもので、日本人に公徳心があると、憲法は必要ないのだ。お釈迦さまの教えを守る方が余程良い、また、日本では武士道の心を憲法とすると良いのだ、
    自由に政策を換えられるように改変できるように、憲法はない方が良いのだ、『君子は豹変する』、固定した思想は思想ではない、新しい発想こそ正論である。
    何故憲法によって日本の政治思想を呪縛しているのだ、日本はこの憲法によって首を絞められ死ぬのだ。
   
    民主主義
    民主主義は破棄すべきである、アメリカのような幼稚な国の真似は絶対にやめるべきだ、今や、人民の為の金、人民の金、人民による金、金を渡すのが惜しくて、妻を殺す、戦争しないと金が儲からないと、大統領が大統領まで殺すのである。殺された人物は皆正論の人物である。野蛮国の真似をして日本はドツボにはまったのである。
    民主主義の旗印を上げた日本丸は進行方向間違え、サルガッソ(船の墓場)向かっているのである。
    アメリカは男尊女卑である、女房に対して、生活費以外は渡さないのだ、それに秘して女房はパ-ティとかで忙しいのだ、たまにプレゼントして貰うと大喜びである。
    日本はカか天国だ、遣い放題で、亭主が小遣いを貰っているのだ。民主主義も生き過ぎだ、『雌鳥時を告げ、国滅ぶ』
   
    選挙
    全く馬鹿げた制度である、どこの馬の骨か分からない人物に、何の理由もなく、手さぐりで投票するのだ、選挙というものは、五十名くらいで人物を知っていてするもので、今までの結果は馬鹿げた政治家を選挙して、日本はメタメタになってしまった。
    今の政治家は『読み書きソロバンと保身』の人物である、数の計算以外はできないのだ。大乗的立場に立ち日本をコントロ-ルできる人物は今やないのである。
    沈黙は金と言うが、口先だけでものをいっている連中が選挙に勝ち、選挙の腹の中の事は、国家の大安より、自己の就職と、高額の給与が目的である、当選して、金持ちになりたいと思っている、その他は名誉心である。
    アメリカの伝統のない政治政策が日本をむしばんでいるのだ。
   
    虚偽の政治
    そもそも、民主主義の政治をして成功した例はない、昔は民衆も優れ、選出された大統領が偉かった。アメリカもリンカ-ンやケネディは優れていた、正論を言い実行して、西郷隆盛の様に殺され、正論のない人間が大統領になっている。
    金を得るのが正義とともっている人間が今は世界を征服している,これは餓鬼地獄である。
    この事実が民主主義の実態で、しかし今は違うのだ。間違った教育で、世界がアメリカの真似をしたので、メタメタになっしまった、強制的に民主主義を押しつけられた国は、イラク、タイ、日本、は今やメタメタになりつつある。
    アメリカは自分の国の政治政策に自信がないために、他国に押しつけ、自信を得ようとする、押しつけられた口は誠に悲惨である、フセインの様な優秀な人間が原爆を造っていると殺し、その間違いに対して反省することはないのだ。
   
    議会政治
    こんなものは必要がないのだ、船頭多くして山に乗り上げる。3人よれば文殊の知恵である。有象無象を選んで、多額の費用がかかり、役立たずが存在して遊んでいるのだ。
    安部がでてきても、左脳の人物である以上は同じムジナである。何故左脳(読み書きソロバンと自己と保身)以外になにも出来ない、彼等は餓鬼地獄の世界存在する人間である。
    アメリカの議会も同じである。
    彼等は相手を攻め、また数字の計算や権謀術数であるそこ以外から議論が外れることはない、大義はないのだ。
    だから日本の国民のことより、アメリカに依存し、危険な飛行機を輸入し、原子力発電は止めることはない、アメリカの属国である。
    議会で大義があったことはないのだ。それは日本の戦後の伝統になっしまったのである。
   
   
    白紙
    今や間違っている民主主義の泥田の中に家が建つ道理がないのだ、『人間は誤りから、真実に進むことはない、ただ真実の程度を差を増すだけである』。
    私の言いたいことは、先ず全てのアメリカの真似の政治で、現在の政治正道制度を状態を白紙にすることである、新しく一歩から始めることである。
    もともと日本は自体が、農耕民族である。アメリカ人のように狩猟民族は民族ではない、狩猟民族はここに生活しているが、農耕民族の特徴は集団で一人優れた人間によって統率される、今川義元が殺されると、軍隊の組織は破壊されるのである。
    優れた統率者が出たときに日本は栄えるが、駄目人間が出ると日本は駄目になる。温故知新で素晴らしいもので出あった、日本の歴史を一度振りかえてみよう。
   
   
    自主独立
    日本は温故知新で、江戸時代の精神文化を振りかえると良いのだ、この時代には、大工職人の技術、大黒柱を継いだところが以前より強くなるという、恐るべき問題である。
    それから太刀これほど切れる刀はないのだ、絵画、芝居、陶芸、庭、鯉や料理、菓子、全く数えるのに暇がない位だ。
    こういう文化の所産は高く売れるものである、所謂ブランド化するものは多数あるのだ、これらを高く売ったら良いのだ、安売り競争ほど阿呆な行為はないのだ。
    アメリカの歴史が浅く、機械文明だけが発達している国の真似ほど阿呆なことはないのだ。
    日本人は今こそ、真の日本人に帰るべきである。
   
    日本人の特徴
    日本人は元々四季によって、ストレスが多い、その為に色々の工夫が生まれたのである、京都の家の見ると、鰻の寝床というが、家は東西に建っている。風は東から吹く場合が多いのだ。
    また土間は必ず湿った土があり、庭がある、風は家の中を通って二階に上がり、二階には天窓があり、そこから熱をとって風は出る、その為に家の中は夏でも涼しいのだ。
    ところがこのような合理的な作りは止めて、又、それを発展さすこともなく、アメリカの馬鹿企業の真似をして、エァコンを造って、電気を消費している。
    地下の冷えた空気を家の中に循環さすと、エァコンなんかいらない、民衆は企業と結託した馬鹿政治に踊らされて、次第に悪くなっているのである。
    しかし良心的な建築会社はこのエァコン無しの家を考えていいるのだ。
   
    温暖化現象は
    何故日本人は物事に対して一方的な見方をするのか、温暖化現象の原因は車の排ガスだけではないのだ、最も大きいのは、人口の増加である。
    その為に、人口の増加を恐れた宇宙の仏(ブラフマン)は人口を減らすために、戦争、災害、病気は止む事はないのだ。
    人間に最も必要なのは人口が増えない事である、鯨は数が増えると、陸に上がる、ミミズは日干しになる。
    全ての動物は数の調節している、しかし今や紛いの偽善的宗教よって、人間の死の必要性を否定してる。
    自然界には、宇宙の仏(ブラフマン)のと自己の仏(ア-トマン)があり、種々工夫して、人口を減らそうとしている。
    無限に増えた、恐竜は自己の仏(ア-トマン)なくし、宇宙の仏(ブラフマン)より死滅した、動物の中で、人間だけが死滅の道を歩みつつあるのだ。
    ついで、温暖化現象をなくしたいと思うなら、機械文明を出来る限り、否定して、自然にもとることである。
    一刻も早く、エァコンから離脱すべきである、今や東京で使用されたエァコンの暖気から、館林、熊谷に行き、温暖化現象を起こしている。
   
    日本人の思考
    日本人は最も面白い、多数の行為はすべてが安全と錯覚しているのだ。だから、西洋文明が正しいと思うと、全体的に真似をして、進軍するから全滅してしまうのである。
    自己判断がないのだ、この日本人の欠点を知った指導者は、自己判断を持つために、座禅の研究したのである、その為に織田、豊臣、徳川と三代に渡り、経済は発展して、人類は幸福になったのである、江戸時代の文化とは大変に高度なものであり、当時は戦争にも強く、世界で最強と思われていた、スペインの海軍でも、日本を侵略するのは不可能であった。
    しかし、余りにも平和に慣れ過ぎて、日本は軍備を、怠ったのである、その為に、外交政策で助かった。
   
    西洋文明の真似
    今の政治家の課題は総理が何をして良いか分からないことである、彼等は政治の勉強をしたこともないし、又政治と禅は一致しているが、過去の施政者は、常に正道を求めたが、今の政治家は何らの努力をすることもないのである。
    ただ、やっいることは、読み書きソロバンと保身その為に国民よりアメリカの言いなりである。池田総理は、国民を餓鬼の世界に導き、岸はアメリカに、魂を売り、お釈迦さまの説かれた自燈明を失い自己判断が無くなったということは、魂が無くなった国民になり、世界から軽蔑されているのである。
   
    政治家の正道
    元々政治というものを理解できてない政治家が、大体この様なものであるとの推察で、政治を行なっているのである。
    真剣に政治の勉強しているのは、居らないのだ、選挙で選ばれたから国民の代表と錯覚しているのである。
    西郷隆盛先生が嘆かれているの、彼等は自己の栄達と、金持ちになるということ、それらの手段は、地盤、看板、金であるこれを保持して、子孫に残すことである。
    金銭、栄達、美田から離れ、政治に専念する、政治家はいない、議会は足を引っ張る権謀術数の道で、国民の大半は今の政治には何ら期待もしていないのである。
   
    正道に戻すためには。
    もともと学者も政治家も間違った道に踏み行った。何処でこういうことが起こったというと、正論はここしかないのである。彼等は皆錯覚を起こしている。
    だからマスコミの中には正しいと言うことはあっても、正論はないのである、日本人は約千五百年間の歴史の間に政争や戦争に巻き込まれて、試行錯誤の結果、戦争のない国(徳川時代)を造ったのである。
    そして二百五十年の間戦争がなかった、しかるに、日本は歴史もないアメリカの民主主義という間違った道を選んだのである。
    確かに発祥の時は、確かに正道であった、だからワシントンやリ-カンは優れていた、選挙民も正道であった。しかしもともと幼稚な歴史のない国の思想は戦争しないと、金が儲からないと、正道の思想の大統領まで、企業と提携した大統領が殺したのである。
   
    精神文化
    仏教では餓鬼とか修羅の世界を毛嫌いしているが、我々の学問とは、餓鬼の世界の勉強である。
    立身出世と金もうけが、幸福の道に行く道であると、教え込まれる、誠に徳と言うものを無視した、学問である。
    又、修羅の世界は魂のない、動物の世界である、しかしそれが正しいと記憶されるのである。国家は戦争に勝つことを念じて、又経営者は相手を倒すことのみを思考するのだ。
    しかしそれでは絶対に幸福を得ることは出来ない、幸福とは心の問題で金の問題である。
    年をとると益々金に執着する人と、昔の人は例えば、紀伊国屋文左衛門、奈良屋とか、金を持つ、はかなさを知り、遊蕩して全てを社会に還元したのである。それは金では幸福を得ることは不可能であると言う真実をしったのである。
    しかし、一億の宝くじに当たって幸福になると思っている、幼稚な人もいるのである。自分の能力以外の金を持つと、それに振り回されると言うことが理解出来ない、政府も国民のことは考えてないのである。
   
    教育
    最も大切なことは教育である、子供の時に間違えた教育を受けると、終生引き継ぐのである、誠に恐ろしいことである。
    教育の根本は教えられるということではないのだ、サイタサイタ桜が咲いたと教えられ、それを試験で記憶させられる、その中には自由な発想はないのだ。
    無理な記憶は子供の頭脳を破壊するのである。
    その為に子供は試験を嫌がるのである、だから不登校生徒が増える、如何なる子が良いかというと、記憶力に優れた、大人しい子供が良いとされるのである。自分で物を考えるということは無くなるのだ。
    大体先生が教えるということは間違いである、最も理想とするのは、子供が子供を教えるのが、理想である。
   
    子供の先生は子供である
    しかし今の教育のように、学年別でやっていると駄目である、教育というものは上級生を下級生も混合してするべきである。
    薩摩の郷中の制度は理想的である、その為に西郷隆盛、大久保利通、その他逸材が続々と出たのである。
    動物も同じである。
    大抵は親か先輩が良いことは教える、教えなくても真似をするのである。
    先生は英語と教育のときに英語のCDを一番上級生に二三日前に一枚渡しておくと良い、そして皆が集まって、日本語を使わない、英語だけの会話を始めると良いのだ。この行為は強制されないので、子供はゲ-ムとして楽しむので効率がよいのである。
    もしこのような教育をすると、子供は天才で、神童である事が理解出来るのだ。
   
    子供の時の教育
    政府による教育が間違っていると、日本丸はサルガッソ(船の墓場)に一直線である。第一に間違った教育は何処にあるかという知ることが大切である。
    一番の間違いは幼稚な国のアメリカの真似である、第一この軽蔑すべき国ということが、この国は餓鬼と修羅の世界である。最近はやっと日本人も目が覚めて来たらしいのだ。
    日本は千年の歴史から切磋琢磨して、明治維新まで、平和を得てきた、しかしアメリカのよう、二百年程度の歴史では、日本の戦国時代以前の物である。
    間違った教育は男女共学である、中国には『雌鳥時つけて、国滅ぶ』、日本では『男女七才にして席を同じくせず』とそもそも男女は本質的に違っているのである。
    馬鹿学者でも次第に気が付くのであると思うが、女は左脳しかないのである、しかし男は魂も本能も右脳もあるのである。
   
    男女の差は
    男女共学とは全く間違った教育方針である、恐ろしいことは文部厚生労働省も先生も誰も気が付かないのである。
    女性は左脳しか持っていないので、誠に単純であり、自己判断力もない、しかし計数と、記憶力に優れているから、その点においては、男性より優れることは間違いがないのである。
    その為に男女共学では女性は優越感を持ち、男性は卑劣感をもち、主客が転倒するのである。それが現状である。
    女性は魂や右脳の働きである公徳・道徳心は誰から得るかというと男性から教えられるのである。
    女性は常に優秀な男性に守れるので、男性は常に自己判断が必要となるのであるが、そのような子とは今の男性には出来ないのだ。男性は女性より、上級の勉強すべき、教育は男性と女性は別にすべきである、それが先進国としては当然である。
   
    日本独自の文化
    アメリカと日本の差は歴然としているのだ、アメリカは男尊女卑である、その為に、金は一切男性が所有していて、その日の生活費しか渡さないのだ。
    金を女房に渡すのが嫌で、女房を殺したものまでいるのだ。時々女性にオ-バ-を着せているのを見て、日本人は、それが民主主義と単純に理解している。
    彼等は金儲けのためには、何でもする、餓鬼と修羅の世界に居る人間だ、その真似をしているのが、日本人である。
    だから仏の助けない、もともと人間は自己の仏(ア-トマン)を持っているのだ、この事を知ることは大切なことである『自我を知ることは容易ではない、自我は知られるためにあるのではないと言うことをのだ、しかし其れでも自我は存在する、それ以上に易しいことはないのだ』。ヨ-ガの中より。
   
    日本の平和
    日本は二百五十年の平和が有ったということは、素晴しいことであった、しかし日本は明治維新から駄目になったのである。
    この事は大いなる誤りである、遷都である、この事私は常に思っているが、良いこと続いてるときには、改革はあっても、変化してと駄目になる。この事は正論である、今までやって来たことは間違いがなかったから、巧くいっていのである。
    このために標準語に関東弁が取り上げられた、その為に最も大切な言葉『弘法大師は、身口意あらゆる悪業造る。
    言葉というものは誠に複雑なもので、口によって罪が造られるのである、関東弁を聞いていると、人を責める言葉が多いのには驚くのである。
    そしてユ-モァがないのだ、だから人的交流がない、お互いが無口である、温泉に行っても、面白くない、ただ浸かっているだけだ。
   
    言葉について
    互いに責め合っているから、文化が生まれない、京言葉は優雅である、大阪弁は商売のためで、忙しいから簡略化されているが文化の根源たるユ-モァがある。
    もしこの言葉を明治政府が取り上げていると多分第二次世界大戦は起こらなかったのである。
    朝ドラの梅ちゃんとカ-ネションと較べてみると、良く分かる。大阪の人は関東で住むのは嫌がるのである。
    私が関東でヨ-ガの先生をしていた時に、「先生何を着てヨ-ガしたら良いですか?」と聞くので、馬鹿な質問するなと思ったので「すっぽんぽんでも結構だというと」あの先生は不真面目であると非難された、全くユ-モァがないのだ。
    しかし関西人は誠に賢明である、絶対に関東に来ても、田舎者以外は言葉を換える事はない、これは誇りである。
   
    標準語というものは
    関西弁を主とした、もっと研究したものに変化さすのである、言葉は最も長期に亘り、使用された物が最もほれて正しくなる、江戸の文化は関西の文化に較べると寿命が短いのである、其れを取り上げるということは、全く間違いである。
    しかし、最近は盛んに関西弁が盛んになり、放送局もコ-マシャルも関西弁を取り上げている、この事は訴える力だ強いからである、言葉にニュ-アンスもユ-モァがないので、外交は巧く行かないのは、当然である。
    標準語は一直線である。標準語が、普及すると京都弁の優雅さや、大阪弁の商売のための言葉もなくなり、外交は巧く行かなくなるのだ。
    語録が少ないので、変なチョウは言う下らない言葉が流行したのである。標準語は日本の文化の破壊者である。
   
    廃藩置県
    これだけはアメリカの真似をしても良かったかもしれない、中央集権が間違っているのが、分かって大阪は整備しているので、大阪維新はそのお陰で大阪は交通網が発達しているが、東京は全くメタメタである。縦の交通網が駄目で、東京に出ない何処にも行けないのだ全く不便である。
    廃仏毀釈も、確かに神道はよい宗教であるが、山岳密教に偏り、体を鍛えるのには良いし、自然と密着することを体ガ記憶するという利点もあるのだ、しかし禅のように政治には関係がない、お釈迦の教えの様にリラックスが最善という思想もないもないのだ。
    リラックスと鍛えるのは対峙している。結局は廃仏毀釈早めて、また元に戻したが、人民と仏の僧が結び付くことが出来なくなり、葬式ホウズになり仏の教えが伝わらなくなった。
    正しい判断が喪失したので、結局は戦争に向かったのである。
   
    リラックスは力
    リラックスは力である。完全な弛緩は正しい道を教える、緊張は間違った道を選択し、だから禅は弛緩を求めたのである。
    人間には弛緩と怠惰は違うものだ、この見分け方は臍下丹田に力が入っているか、入っていないかである、太極拳でもこのタイプを幽霊と呼んで、誠に良い表現だこのタイプは散歩していても無意識で歩いている、だから散歩していても健康法としては意味がない、『心身を足下におくか、』『南無阿遍照金剛、同行二人』と唱えながら歩くのだ。
    念仏は姿勢を正しくし、呼吸も調整できる上に精神も健全になるのだ、誠に結構なことで、このタイプの人間は幽霊のように無意識で生き、最後はドツボにはまるのである。
   
    無意識
    最も恐ろしいことは、無意識の行為で、無意識で生きるということは、自己を失ったことである、自分で一切の判断ができないで、人を頼りにする、人を頼りにすると、人は思う通りにならないから、腹が立つ胃潰瘍になる、こんどは医者やクスリを頼りにするので、病気は治らなくなるのだ。
    全く医者は医学書を頼りにしているので、病気は一切治らない、お釈迦様の教えの通り、自燈明は最も大切なことである。
    栄養を頼りにして、サプリメントを飲んでは栄養過剰になって、益々病気は悪くなるのだ、人間の病気全て過食とストレスである。
    元々自己の医者を体内に持っているのだ、四百五十万年以前は平均寿命が十三才にであった人間が゛今はその十倍である、人間は自分を守るために懸命に自己の医者が研究して、今がある。
    医学の性ではない、もし医学の研究の成果は医者の寿命長くしているのである、自分の治療も出来ないのが、患者の病気を治すことも出来ないのは、当然である。
   
    自然治癒力
    自然治癒力は自己の体内の医者は完全である、もし自然に遵うなら、必ず病気は治る、その自己の医者の診断法は、食欲がなくなる事である。
    これは体力が弱ったのではない、過食で栄養が十分であると警告している、この時に食べると、発熱し、肺炎になり、過食を続けていると、高血圧症や心臓病最後はガンになり、死ぬのだ、過食が悪いのは、排泄が出来ない余分はゴミとなり、ゴミの中に細菌が湧き、死に至るのだ。
    過食が悪いのは、人間はエネルギ-の大半を呼吸することで、得ているのであるが、過食していると食べ物から気を得るから、次第に呼吸から得る気『エネルギ-』が少なくなる。
    食べ物から得る気『エネルギ-』は良質ではない、第一労力がかかる、胃腸が消化して、四時間後に初めて気『エネルギ-』に変わる。
   
    気『エネルギ-』の作用
    臍下丹田に至る、外人(狩猟民族)は心臓で停まる、弓を引くので、右腕が強くなった。農耕民族は鍬は腰で耕すから腹に力が入るのだから、臍下丹田に気が溜まるのだ。
    臍下丹田に力が入るのは、腹を中心に運動するから、身体能力は高い、将来益々運動では活躍する。均整が取れているので、臍下丹田に気が溜まるから、長命であり、気をコントロ-ル出来るので、気『エネルギ-』がある限り、生きることが出来る。
    昔の職人も絵描きも、気で書くから、葛飾北斎、歌麿が描くと素晴らしいものが出来る、又、気で一芸に達すと何でも出来るのである。剣術の名手宮本武蔵は、絵も巧かった。
   
    気『エネルギ-』とは
    気は凄い力だ、蛇が蛙をにらむと、動けなくなって、呑まれてしまう、私も子供のときに見たが、蛇は凄いものである、蛙はピクリともしなかった。
    昔も剣道の達人ににらまれると、動けなかったのである。今の政治家には、そんなのは一人もいない、彼等は外交は権謀術数である。
    昔の外交を見なさい、北条時宗は、大軍である蒙古の使者を切り、さっそうと戦った、そして勝利したのである。神風は気力で呼んだのである。
    日出る国の天子と誠に堂々たる者である、今の外交はおっかなびっくりで交渉しているのだ、これでは相手に舐められるだけである。
    その原因は日本の憲法であり、日本の憲法がはっきりしないので、政治家は迷うのである、特に彼等は保身が一番であるから駄目である。
   
    外交は気力である
    アメリカの戦力に依存している限りにおいて、依頼心のある政治家に、気力のあるのはいない、気力がないと正しい外交は出来ない。
    石橋湛山総理を見てご覧、彼等は世界を相手にして、米ソの冷戦さえも無くした、その戦略と気力は大したものである。
    今の気力のない、政治家には外交は無理だ、戦前の松岡の様に、気力はあっても、思い上がっているので失敗した。こういうのを暴走というのだ。
    政治家は全て座禅の修行もしないで、政治も外交もは出来ないのだ、武田信玄は快川和尚、徳川家康と天海僧正、施政者は必ず禅の修行をしたのである。怠け者には政治は出来ないのだ。
   
    禅と外交
    蒙古来襲で時の日本の北条時宗は、気力満々であった、使者を切り、さぁ来いと言う、この気力は無学祖元の禅の指導に因るものである。
    禅は気『エネルギ-』を臍下丹田に溜めるので、気力満々で、海岸線に堡塁を造って、戦い、陸上に上げなかった、その為に戦意を失い、壱岐に逃げた。
    その内に、台風に遭い全滅した、結局は、日本軍は魂で戦い、蒙古軍は、権謀術数で戦った、その為に台風の方向を間違い、また、日本軍の攻撃を恐れて、船をつなぎ、船同士が当たり、自滅した。
    日本軍は魂は直感力で正しい戦法を採ることが出来た、諸葛孔明が風を起こしたように、日蓮や禅の力で風を起こすということは天に通じたので、台風が起こったのである。
    外交には先制が必要である。先制無くして外交に勝つことはない、喧嘩でも先に殴ると、勝つ度合いが多いのである。
   
    禅の効能
    集中力
    一番の効能は集中力をつけることである、集中力は、人間でもっとも大切なのもの、今の社会は集中力の欠けている人が一杯いる時代で、無意識のの生活をしている、この原因は戦後の政府の政策が、金々で皆よく働いて金を得たが、しかし、幸福ににはならない、どうして良いか分からなくなっている。
    この悪い無意識の習慣を捨てて、元に戻さないといけない、。皆が白紙の状態になるのだ、皆が物質文明に侵されているので、欲が深く捨てることが出来ないのだ、中々白紙になることが出来ない、白紙になるためには、禅の修行をする必要がある。
    禅の修行をすると、白紙の状態が戻ってくる。馬鹿な教育でえた知識を捨てることが出来る、禅では本を読むこと、教えてもらうことを歓迎しない、又、物質文明の知識が記憶がよみがえる。
    もっとも正しいことは自分で考えである、自分の思考は進歩するが、新聞やその他で記憶したことは、過去の遺物で、役に立たないのだ。
    本を読んだ人間は進歩がなくなり、駄目な人間になる、今の政治家である。
   
    過去の記憶
    人間は過去に記憶したものを勿体ないと捨てる嫌がる様な人間は、卑怯で怠惰である、こういう人は絶対に幸福になることはないのだ。
    過去の記憶に対して、断捨離が必要である、諸行は無情であり、流転しているのだから、過去にしがみつくと未来が見えなくなる。
    しかしこの事実は、過去に執着して、未来が見えないから、どうして良いか分からないのが、学問をしている連中とサラリ-マンである。
    魂が抜けているから、無意識で、無表情である。間違いなく不幸になる。過去の記憶を捨てると、以前に習ったことの全てを思い出すのである、だから過去に習った英語を思い出してしゃべることが出来る。
   
    公徳心
    公徳心は教育から生まれるのであるが、今はもっとも大切な公徳心の教育はない、知識の教育だけを行い、記憶さすために、試験をして競争心をあふり、強制的に勉強さす。
    それで生徒の魂と右脳が破壊されるのだ。
    神童はその結果只の人となり、教育は只の人を造るだけでた、その教育は人間の百科辞典を造っただけである、賢明な生徒は不登校生徒になる。又、母親を殺す、この行為は正義であるから、後悔はないのだ。
    その様な連中が政治をやるので巧く行く道理がないのである。
    社会においても、司法試験は六法全書の記憶である、だから判例だけを取り上げて、自己判断で裁判をすることはなく、もっとも大切な魂判断はない。裁判は直感力で判断するが、その能力もない、人が日本で一番の高給取りである。
   
   
    行動力
    行動力は右脳が携わっている、しかし政治家には右脳もないから、行動力もない、だから読み書きソロバンと保身だけ、読み書きソロバンと保身はしょう売人のものであるから、駆け引きだけがあるのだ、主に数字のことだけである、年金、生活保護の額、全く困ったものである、そして選挙の日、選挙人の数、である。
    そして喧嘩である、国民のことは考える余地もない、ひたすらに党利と選挙に勝つための個人の利益である。だから全員を止めてもらうことである、その秘策はあるのだ。
   
    正論
    もっと大切な事は正論で、今の時代にも同じことが言えるのである、正論とは船で言うと羅針盤である、羅針盤がないと、船はサルガッソ(船の墓場)に一直線だ。
    この事は全ての政党に言えるのである。
    この正論が無くなったのが、西郷隆盛先生を権謀術数で、陰険な思い上がった岩倉具視が殺したのである。この行為は日本を殺したと同じ行為である。
    西郷隆盛先生の遺訓を読むと日本のお釈迦さまである、単純な発想の持ち主である岩倉具視は近代化のみを焦り、後進国のアメリカの真似をして、結局は日本を潰したのである。
    正論は間違ったものに取っては、煙たいのである。
    しかし正論がないと方向が決まらないし、また、間違った道に行く、今の時代も同じである。政治は優れた独裁者によって行なわれるべきである。
    終了します、長らくお読みいただいて、ありがとうございました。
                                   合掌
   
   

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