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2011年3月11日 (金)

少年の死刑

少年の死刑

少年の死刑について、全く、裁判官を初め親もそうである、全く無知である、こういう人物が裁判をやっているから困る。この少年の犯罪は社会に責任がある。公徳心も道徳も低学年で教えることもない、すなはち、人殺しが悪いということが理解できてない、裁判官も同じムジナだ。公徳心も道徳も教えてない子どもは、自分が如何なる道を進んで良いか分からない、読み書きソロバンだけを習った少年は、それだけの知識しかない、知識によって、本能と知恵が破壊されている。道徳心がないので、犯罪が悪いと言う、実感ない、親も犯罪者を一生恨むだけで、子どもの菩提を、ともらうこともない、昔の親なら出家するだろう、恨みは自分のためだけではなく、子孫にも影響与える。

自己反省

自己反省のないのは、裁判官も親も同じである。本能と知恵を持たない、人間に死刑を与える裁判官は必ず罰が当たる。余りにも勉強を強要すると、頭の中は知識だけになるのだ、裁判官が本能と知恵を持っていると、この裁判に良心の呵責を感じる、裁判官は単なる人殺しである。今度は裁判官を死刑にすべきである。

バリ島

良い例がある、バリ人は、盗みと売春は絶対に悪いという知恵を持っている、だから盗みをしたものは、殺しても良いと信念がある、沢山の人がよって盗みをしたジャワ人二人が、私の店の前で殺された。警官も同じ信条であるので制止しない、しかしこの国で盗みを許すとジャワ人が入ってきて、盗人が一杯になり、観光客にも影響があるのだ。彼らの生活の知恵である。

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